歴史学と社会学にとっての歴史社会学の存在理由(田中 2005)

 歴史学に対しては、歴史社会学は社会学的概念やモデルの自覚的・体系的利用をさらに進めることによって独自の分析的視点を提供できるだけでなく、複数の文化圏にまたがる比較を行なうことによって、個々の事例のもつ歴史的意義を明確化できる(ただし、多くの場合一次的データの利用は大幅に断念せざるをえなくなるが)。前述のように日本では歴史社会学の研究者が社会史的研究に傾いていて多くの場合社会学理論との接合にあまり熱心ではないうえ、大規模な比較研究への関心も概して希薄なため(もちろん例外があることは強調しておかねばならないが)、今後もし仮に日本でもドイツやフランスのように歴史学の社会学化が進むとすれば、従来のような歴史社会学は歴史学者による社会史との差異化が困難になることが予想される。それを考えるなら、歴史社会学のもつこれらの長所がもっと活かされて良いはずである。

 他方、社会学にとっての歴史社会学の存在理由としては、……社会学の研究対象のもつ歴史性・文脈性に目を向けさせることが挙げられる。視野を時間的・空間的に拡大することによって、身近な地域・時代に見られる事象を一般化したり必然的なものと見なす誤りを免れることが可能になる。社会学で普遍的と見なされている概念・カテゴリーの歴史的=地理的限定性を明らかにすることで歴史社会学は社会学に貢献できるのである(Cf. Calhoun 1996: 319ff; Calhoun 2003: 385f)。つまり、歴史社会学は既存の社会学の概念を歴史的データの分析に適用するだけでなく、概念の再構築に貢献することで社会学理論へのフィードバックをなしうるわけである。

  • 田中紀行,2005,「歴史社会学の展開と展望」『社会学史研究』27: 17-27.pp.23-4