『韓国人企業家』にとっての経済資本(林 2004: 51-4)

 経済学理論では、個人は自己の利益のため行動すると想定される。経済資本(Financial Capital)は、財力を意味し、金銭や財産に直接還元できるものである。当然のことながら、経済資本は起業過程において重要な役割を果たす。ライトとゴールドは次のように説明する。「資本とは生産と商品を支援する価値の蓄積である。……金銭と富は経済資本の2つの形態である(Light and Gold-2000: 84,85)」。経済資本の保有量はエスニック集団によって異なり、経済資本が豊かなエスニック集団はホスト社会での起業過程において有利である。たとえば、米国では、白人が黒人よりも規模の大きな企業を経営している。これは、白人が黒人よりも多くの経済資本を保有するので、企業への投資が可能であり、銀行からの融資も入手できるからである。これは、経済学者が起業過程を説明する要因として経済資本を重視する理由の一つである。しかしながら、起業における成功は、銀行への接近が可能であるかどうかだけに左右されるわけではない。米国のエスニック集団の中には、銀行や雇用主からの差別にもかかわらず、起業が成功する場合が多く見られる。それは、エスニック起業——小企業——が銀行ローンよりも個人の貯蓄によって開始されるからである。

 エスニック企業家は起業時に相当な資本金が必要である(Boissevain and el al., 1990: 137)。ロスアンジェルスの韓国人企業家の場合、起業資金としてガソリン・スタンドが10万ドル・レストランは30万ドルであった。これらの起業資金の入手方法は個人の貯蓄から調達することがエスニック企業研究の一般的な結果である。つまり、エスニック起業の過程で最も重要な経済資本は個人の貯蓄である。エスニック企業家は起業資金として個人の貯蓄を活用するが、その資本蓄積の過程において、安い賃金で長時間労働するという生活を余儀なくしなければならない。このような刻苦勉励の職業生活は、後述するように、企業家の達成動機に影響を与える文化資本(宗教倫理や職業価値観)の存在なくして可能ではない。

 もちろん、個人の貯蓄だけで企業資金が十分でない場合には、親族や友人からのローンによって経済資本を入手する(Light and Gold-2000: 86)。親族からのローンは、親族ネットワークという社会関係資本の活用を通じて確保できる。また、親族からのローンは、文化によって奨励されたりされなかったりする。つまり、親族からのローンは、特定のエスニック集団の文化的な規範に影響され、中国、韓国、トルコ・パキスタンなどは親族同士の互助を強調する集団である(Boissevain and el al., 1990: 137)。たとえば、口ンドンにおけるアジアからのエスニック企業家は家族と友人からのローンが多く、米国の韓国人企業家の場合は57%が友人ゃ親族から借金して起業した(Aldrich and Zimmer, 1986: 3-23)。このように、親族からのローンという経済資本の動員は、親族ネットワークという社会関係資本とそれを奨励する文化資本の動員によって可能となる。

 さらに、エスニック集団の公式あるいは非公式な融資制度としての交替制信用組合(RCA:Rowing Credit Associations)がエスニック起業における経済資本を提供する。交替制信用組合(RCA)は、ロスアンジェルスの韓国人企業家の間で社交とビジネス目的で広く使われ、韓国人企業家にとって非常に有用な起業資金であった。その理由は、まず、RCA(契)は会員間の信頼関係によって、担保無しでお金を借りられる制度であること、また、RCA(契)は運営に融通性があり、参加者がニーズによって時期や支払い形態を決めることができること、そして、RCA(契)が韓国人企業家に貯蓄を刺激するような祝祭的なイベントであることである(Boissevain and el al., 1990: 138-9)。

 通常、韓国で行われている契(ケー)とは日本の頼母子講に類似した、一種の交替制信用組合(RCA)の総称である。契は、ある明確な目的をもって、複数の参加者がお金を持ち寄る形式を取る。例えば、まとまった資金を調達することを目的とする契の場合には、資金を受け取る順番、拠出金を出す日程、個人の拠出額を決めて、集まった資金を順番に受け取ってゆく。父母の葬儀の際に相互扶助を目的とする契の場合には、葬儀の際に決められたお金を持ち寄るばかりではなく、労働を提供することもある。同窓会にもとづいて一緒に同じ物を購入する(卒業指輪)、あるいは旅行など親睦活動を目的として資金を積み立てる場合や、契結成時に参加者が同額のお金を持ち寄って基本財産を造成し、それを利殖することによって共同の活動の資金とする場合もある。

 このように、同じ契という範疇で捉えていても、目的によって拠出するお金は千差万別である。利殖や親睦を目的とする契の参加者は、歳の近い親しい者同士がその核となり、時にはその周辺の者をも加える形を取る。契の会合や活動を通じて情報を交換しながら、娯楽や気晴らしの機会を得ることができる(本田、2000: 26,27)。重要なのは、RCAの活動が必ずしも起業資金の形成のためにつくられているわけではないが、実際、起業にとって役立つことである。

 たとえば、ライト(Light 1972)の交替制信用組合の研究によると、日系米国人あるいは中国系米国人の社会では、担保を必要としないで起業のための融資が受けられ、参加者全員が指定されたお金を出し合い、順番を決め相互に受け取るという「信用」による交替制信用組合が存在した。エスニック企業家のRCAは、企業家相互のネットワークに存在する「信頼」と「道徳的倫理」によって支えられた社会関係資本である。このように、RCAはホスト社会の銀行制度を使えないエスニック集団にとって重要な経済資本を形成できる非公式の銀行システムである。また、米国のニューヨークとロスアンジェルスの韓国人企業家の調査では、親族や友人からのローンに加えて、RCAが起業過程で韓国人企業家を支持した(Yoon, 1997: 110)。

 上記のように、エスニック企業家には、ホスト社会の公式の銀行以外にもエスニック・コミュニティの中で起業資金を確保するための様々な手段が存在する。言いかえれば、エスニック企業家が経済資本を獲得するには、個人の貯蓄や親族からのローンを奨励する文化(文化資本)、あるいは、親族ネットワークやRCAなどのエスニック・ネットワーク(社会関係資本)など、文化資本や社会関係資本の存在が必要である。


林永彦,2004,『韓国人企業家――ニューカマーの起業過程とエスニック資源』長崎出版.pp.51-4