『韓国人企業家』にとっての文化資本(林 2004: 58-60)

 文化資本(Cultural Capital)は、ピエール・ブルデュー(Bourdieu, 1979 & 1990)が提唱する概念である。文化資本とは、「社会における高い地位文化における能力」と定義される。ブルデューが強調するのは、文化資本により嗜好の差異が生成されるので、経済現象が文化的要因と密接に関係することである。一般には、文化資本は、特定の集団で価値あるとみなされる財に関する洗練された知識やライフスタイルなどの価値観を意味する場合が多い。このように、ブルデューは、美術、音楽、ダンス・文学、家具、工芸、料理、ファッションなどを理解できる高い地位文化(High-status culture)における美的な鑑識能力を強調するので、職業文化の役割についてはあまり詳細に分析されていない(Light and Gold, 2000: 92)。人的資本とも密接に関係するが、特定のエスニック食品、料理、服、ハンド・バック、靴などの製造技術も特定のエスニック集団において継承される「職業文化」の一部である。

 また、エスニック企業家は、起業と経営方法に関する知識を自分の親たちによって訓練される場合が多い。たとえば、韓国人企業家も親の伝統的な文化と言語によってホスト社会での起業に関する知識を受け継ぐ。このように、エスニック企業家の職業文化は、家庭や学校などの社会化の過程を通じて、企業の起業と経営、労働、技術において「いかにすべきか」という態度や規範を伝播する(Light and Gold, 2000: 92)。

 さらに、起業にとって重要な文化資本とは、特定のエスニック集団(あるいは宗教集団)が保有する、企業家の達成動機に影響を与える宗教的観念、職業価値観、就労態度などの文化的特性である。たとえば、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(Weber [1905]1989)」でマックス・ウェーバーは、近代資本主義の精神という新しい種類の生活態度(エートス)の創造において、16世紀から17世紀の期間に禁欲的プロテスタンティズムの倫理が果たした重要な役割を明らかにした。

 金(Kim, 1981& 1990)による米国の韓国人企業家に関する研究では、韓国人の儒教的な価値観が韓国人のエスニック起業において重要な役割を果たしたと説明される。それは、儒教文化がプロテスタント倫理の勤勉節約精神と一致したことによって起業が成功したからであると説明される(Kim, 1981: 232)。要するに、儒教とキリスト教は互いに相違する世界観を持つように見えるが、自己統制と自己否定の価値観では一致すると議論される。偶教的価値観は労働、謙遜、家族の権威、勤勉、節約、清廉、純潔などを強調するキリスト教倫理と通じるものがあるという。

 ミン(1988)も韓国人企業家の達成動機について、起業に成功するためには現在忍耐することが必要であるという儒教的価値観の重要性を指摘した。彼は、韓国人企業家がホスト社会で長時間労働と節約精神で起業したのは、儒教の未来志向的価値観に関係があると論じた。

 同様に、ユー(Yoo, 1998: 23,26)は、起業と経営の技術、達成動機、企業家の要求水準などは、起業に関係する価値であり、これらの企業家の価値観は社会化の過程を通してエスニック集団に埋め込まれていると論じる。たとえば、ボーゲルは、韓国の経済発展を推進した重要な要因として儒教的伝統を「工業的ネオ・コンフューシャニズム(Vogel [1991]1993)」と呼び、能力主義のエリート・入学試験制度、集団の重要性、自己研鑽などの儒教文化が果たす役割を重視した。

 また、日本では韓国人企業家の起業過程において教会が重要な役割を果たしているという事例研究(田嶋、1998)もあり、教会を中心としたエスニック・ネットワークに加えて、そこで共有されているプロテスタントの宗教倫理も起業行為に影響を与えている可能性がある。

林永彦,2004,『韓国人企業家――ニューカマーの起業過程とエスニック資源』長崎出版.pp.58-60