共生の定義

河森正人・栗本英世・志水宏吉による定義

  • 「民族、言語、宗教、国籍、地域、ジェンダー、セクシュアリティ、世代、病気・障害等をふくむ、さまざまな違いを有する人々が、それぞれの文化やアイデンティティの多元性を互いに認め合い、対等な関係を築きながら、ともに生きること」(河森・栗本・志水 2016[1]: 4)

井上達夫(法哲学)による定義

  • 「我々の言う《共生》とは、異質なものに開かれた社会的結合様式である。それは、内輪で仲よく共存共栄することではなく、生の形式を異にする人々が、自由な活動と参加の機会を相互に承認し、相互の関係を積極的に築き上げてゆけるような社会的結合」(井上 1998[2]: 343-4)会話を通した相互承認

花崎皋平(哲学)による定義

  • 「私たちはみな、自愛心と利己心とを表裏一体のものとして持ち、善への可能性と同時に悪への可能性を持つ。そういう危うい存在であり、傷つけられるともろい壊れものである。そうであればこそ、他者の助けや励ましや自戒をうながす批判が必要である。悪と抑圧を最小にする方法は、そういう危うい存在であるお互いの対等性にもとづく自治にしかない。ピープルは美化されてはならない。しかし、ピープルとして世界的に共に生きるという試みは、まだ着手されたとはいえない段階にある」(花崎 2001[3]: 42)。多様性を祝福する文化としての共生

川本隆史による見方

  • 共生を成り立たせるのは内発的義務。「か弱い存在、愛する存在に向けて、「かばう」、「世話をする」、「元気づける」行為へと踏み切らせ、相手が感謝するかどうかに関わりなく、そこから深い充足感を汲みとれる自発性のこと」(川本 2022[4]: 104)。生命同士の対立や孤独が出発点。「ケア」の重要性。
  • 共生の倫理の課題として、公平・平等という価値を重んじる「正義の倫理」と、応答性・非暴力を根本に据える「ケアの倫理」の両立や統合を挙げている(吉田 2021[5])。

ウェブサイト

移民との共生 開かれた「私たち」の想像と創造 高谷幸 https://book.asahi.com/article/16042486

(寄稿)「共生の未来」誰とともに 小説家・市川沙央:朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/DA3S16300625.html

『東京サラダボウル』https://www.nhk.jp/p/ts/89M6WMXL8K/


[1] 河森正人・栗本英世・志水宏吉,2016,「共生学は何をめざすか」河森正人・栗本英世・志水宏吉編『共生学が創る世界』大阪大学出版会,1-16.

[2] 井上達夫,1998,「共生」廣松渉ほか編『岩波 哲学・思想事典』岩波書店,343-4.

[3] 花崎皋平,2001,『増補 アイデンティティと共生の哲学』平凡社.

[4] 川本隆史,2022,『「共生」から考える——倫理学集中講義』岩波書店.

[5] 吉田修馬,2021,「共生の倫理」島田燁子・小泉博明編『人間共生学への招待 第3版』ミネルヴァ書房,24-59.本節は吉田によるまとめを参照した。