育児言説の分析(天童・高橋・加藤編 2016)

天童睦子編『育児言説の社会学』の目的と分析の対象

  • 本研究の目的:育児戦略と言説の変容を、子育て期の親にとって身近な育児メディアの趨勢分析とそこに登場する言説の変化を通して描き出すこと。
  • 分析対象雑誌:妊娠・出産期向けから小学校の子供を持つ親向けの教育情報誌等を含めた育児関連雑誌。親の多様なニーズに即した情報源に注目するため。
  • 分析対象期間:各紙創刊号から2014年12月号まで。
  • 分析視角:育児戦略の理論的枠組みを提示し、バーンステインの見えない統制、垂直的/水平的知識の概念を紹介。その上で、1960年代後半から2010年代までおよそ半世紀にわたる育児雑誌の変遷をふまえて、育児言説の変容を論じる。

育児戦略とは?(天童 2016)

  • 育児戦略とは、①親の出産・育児としつけの意識や方略、②親自身にも明確には意識されない、社会に構造化された暗黙の戦略、③国家や市場において展開される子どもの産育をめぐる政治的・経済的・文化的戦略、の3つのレベルでとらえることができる(天童編 2004: 8-10)。このような日常的営みとしての育児(ミクロ)と、社会の構造的変化(マクロ)をつなぐ分析概念が育児戦略である(図)
  • 育児戦略は、日々の実践的な育児行為のレベルに、構造的・象徴的な関係がどのように反映し、どのように境界づけられ(類別)、またその権力関係が人々のアイデンティティにどう影響を与えるか(枠づけ)、その内部の伝達過程をトータルに分析するための枠組みである。

分析のための2つの概念:バーンステインの見えない統制、垂直的/水平的知識

  • 見えない統制:「伝統的家族は、たとえば後継ぎとそれ以外の子、あるいは男女の区分や年齢的序列が明示的であり、家父長制的イデオロギーにもとづく地位家族の特徴を色濃く持っていた。子どもの社会化、しつけの型は、命令的で明示的であり序列的な『見える統制』であった。それに対して、個人志向的な子どもの社会化を特徴とする個人志向家族においては、『見えない統制』が主流となる」(p24)。近代家族の子供中心的な統制様式は「見えない統制」
  • 垂直的/水平的知識:育児知識とは、育児にかかわる価値、信念、情報、規範意識の総体。社会、時代、地域、文化等によって変化するもの。
  • 垂直的知識とは見える形で自覚的に集められた知識であり、専門的な問いの様式とテクスト生産の基準をともなった一連の専門的言語形態をとる。
  • 水平的言説は、ローカルで、文脈依存的で、暗黙的、多層的であり、固定的ではない。水平的知識にもとづくその実践は、日常生活のローカルな場や人々に適応する、文脈に特有の戦略からなる。

育児メディアの興隆と育児言説の変容(天童 2016: 29 一部略)

育児雑誌の創刊期:「よりよい育児」の模索・1970年代

  • 1970年代前後に育児雑誌ブーム。「『ベビーエイジ』創刊号の、「はじめての育児に戸惑う母のよきアドバイザーになって」や、「実家とも夫の家とも遠く離れて不安」といった読者の声に見られるように、子育てする核家族の母親の、育児不安を解消し、安心感を与え、処方的育児知識を提供する実用メディアとしての役割を担う雑誌としての誌面構成が図られていた」(p30)。
  • 背景に産業構造の変化とそれにともなう家族と子育ての変容。産業構造の変化は都市部への労働力移動と人々の生活構造の変化を伴っていた。核家族化、近代家族のあり方が一般化し、「既婚女性の多くが都市部の賃金労働者の夫を支える専業主婦となって、稼ぎ手役割の夫を家庭で支え、家事育児を一手に担う性別役割分業システムのなかに割り振られていった」(p30)。
  • 都市化、子育ての変化、女性の妻・母親役割への特化の中で、都市部の若い母親を中心に広く読者層を獲得していった。

マタニティ雑誌の登場と「産む私」の主役化:1980年代

  • 妊娠、出産情報誌が相次いで創刊。80年代半ばは、日本女性のライフコースおよび女性を取り巻く社会状況にいくつかの転機。ひとつは職業キャリア形成にかかわる、人生選択の意識化。
  • 「1985年、男女雇用機会均等法が制定され、労働の場におけるジェンダー平等が社会的課題となるなかで、職業キャリアを視野に入れながら、結婚・妊娠、出産の時期を意識的に選択する動きが生まれていた。少子化傾向ともあいまって、女性のライフコースにおいて『妊娠・出産』が、数少ない『特別なライフイベント』へと変貌したのである。それはまた、『産む私』のヒロイン化、『母になること』のイベント化の意識も生みだすものとなった」(p32)。
  • 「晩婚・晚産化がいわれるなかで、80年代のマタニティ雑誌記事は、初めての妊娠・出産の不安解消、安全なお産のための情報誌という、記事内容のほかに、『おしゃれな妊婦生活』のためのファッション情報の提示の役割も担った。妊娠期の身体を、文字通り『幸せの象徴』の体現として包む『プレママ』ファッションの強調には、『理想的主体』としての『産む私』の主役化を見ることができる」(p33)。

水平的育児言説と共感型育児雑誌の興隆:1990年代を中心に

  • 80年代のマタニティ雑誌創刊期までは、医師や学者といった専門家が、権威的・学術的知識を平易な表現で母親たちに伝える、垂直的育児知識の伝達が一般的であった。
  • 90年代の「読者参加型」育児メディアから水平的育児知識の伝達に転換。『たまごクラブ』『ひよこクラブ』の誌面は、「イラスト・写真中心のヴィジュアル化に加えて、読者モデル親子の多用に特徴づけられた、そこには専門家による啓蒙的『解説』よりも、隣のママの子育て、失敗談、育児のコツといった、身近な『共感』型の水平的知識の伝達の徹底が見られる」(p 33)
  • ただし、90年代後半以降の母親たちの育児現実には、葛藤とジレンマがあった。「都市環境におけるジェンダー化された生活構造のなかで『少ない子どもをしっかり育てなければ』とのイデオロギーに駆り立てられ、『失敗できない育児の重圧』に悩み、母アイデンティティを拡張させていく母親たちの孤独な育児状況があった」(p34)。

・2000年代型育児メディアの多様化と格差社会

  • 読み手の多様化。育児関連雑誌にビジネスマンの父親を意識した家族向けの育児・教育雑誌が登場(能力開発志向型)
  • ファッションや家族のライフスタイルを重視した子育てをする「(母)親の主体化」への変化(就労・ファッション志向型)
  • 子育て期の家族の生活スタイルを通して、自然保護や環境問題、スローフード・スローライフを考える契機を提示するメディア(脱市場化志向型)
  • 子どもと自然体で接する新しい父親像を提示した雑誌の登場(育児の実践知識志向型)
  • ジェンダー類別の強弱と子どもの枠づけ(統制)の強弱での分類(p37)

父親の「主体化」と見えない統制のパラドクス

  • 『日経Kids+』と『プレジデントFamily』のような父親向けの育児・教育メディアの登場。両者の記事分析からは、「見えない統制」のある特徴が浮かび上がってくる。
  • 『日経Kids+』の記事タイトルの頻出語は「子ども、親子、伸びる、育てる、心、楽しむ」といったもので、「子どもの自主性の尊重」のもとに「楽しむ子育て」を伝えようとする姿勢が強い。
  • 『プレジデントFamily』は、子ども本位を標榜しているが、記事タイトルの頻出語は、「子ども、親、受験、父親、大学、学校、頭のいい子、学力」といったもの。潜在的・暗示的な「見えない統制様式」が強く作用し、逆に親には明示的な統制様式として伝わるように思われる。
  • 現代の家族は、家族成員の地位的境界が不明瞭で、子ども中心主義的な個人志向家族であり、「子ども本位」の社会化が子育ての主流となっている。ただし、このような社会化は、一見、子どもの自主性を尊重し、自由で許容的なようでありながら、子どもの「自己統制」を強くうながす側面を持つ。潜在的・暗示的な「見えない統制」に裏打ちされる育児戦略は、子どもの全人格を対象とする、より強力な統制(子どもの「枠づけ」)となる逆説をはらんでいる。