『〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー』ダイがいじめから脱却した際のエピソード(知念 2018)

 中学生の頃、ダイは十数人の同級生とともにいつも行動していて、そのなかで「いじられて」いた。そこには4、5人の女子もいて、「女の子も一緒におれのこといじってく」るという状態だったという。……そのような状況に置かれていたダイに、あるとき集団内部での地位を覆すチャンスがおとずれる。集団のリーダー格の男子生徒が周りの者から疎まれ始め、周りの生徒たちがダイに対して「いじめられてんねんからお前やり返せや」ともちかけてきたのである。それがきっかけとなって、ダイはリーダー格の生徒とタイマンをはることになった。ダイはそのときの様子について次のように語った。

ダイ:とりあえずタイマンはれ、ま、タイマンはれっていうか。しばかすからみたいな。で、マンションの階段におったんけど、下まで降りてきて、みたいになって。で、降ろして。降りてきてすぐにもうしばいて。そんときその子、目の下のここ(涙袋のあたりを指差しながら)の骨と鼻の骨折れて。それで終わったんかな。

知念:ダイが?

ダイ:おれがしばいて、その子がおれて。で、むこうが「ほんまにやめて」みたいになったから、終わってん。

知念:それ2人でやったの?みんな見てたの?

ダイ:見てた。女の子もみんな見てて、おれは全然まだまだ行く気やったけど、周りが気持ち悪がって、もうホンマにやめよう、みたいになって。「あぶない」みたいになって、止めに入ってきてん。で、最初は男友達はふざけて「やめろって」って言うてたけど、結構最後のほうなったらガチなって止められて。もう、危ないみたいな。その子めっちや鼻血バァー出して、顔面ぐちゃぐちゃなってたから。ほんまにやめとこみたいになって。女の子もめっちゃ気持ちがって、それ見た瞬間、おれもうあかんわー、思ってやめた。(インタビュー、2012年10月)

 これ以来、ダイはいじられなくなった。もっとも、それはダイ自身が述べるように、「力で抑え付ける」ようなものだったのだが。

 このダイのいじめから脱却したときのエピソードからわかることは、暴力が発動する際の社会的文脈の重要性である。ダイは、集団内部の力学のなかで「タイマンをはる」ことになり、それまで自分をいじってきたメンバーを観衆とするなかで、相手の顔を骨折させるほどの暴力をふるった。それは、集団のなかで下位に置かれ、自らの「男らしさ」を含めた自尊心を毀損されてきたダイにとって、自らの「男らしさ」を暴力によって証明するための絶好の場だったのだろう。  このようにヤンキー集団の内部や集団間では様々な争いが生じ、その結果として様々な暴力が生じている。ヤンキー集団を特定の文化に還元し一枚岩的に捉えるフレームでは、このような集団内部や集団間のダイナミクスをうまく捉えることができない。フィールド調査から見いだされたヤンキー集団の内部の階層性や複数性、そしてそこに社会空間の力学が作用しているという本書の知見は、ヤンキー集団を理解するうえで有用な補助線になるように思われる。


  • 知念渉,2018,『〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー』青弓社.pp.219-20