私が子育てサークルに通い始めたのは、もう10年ほど前で、まだ院生のころだった。私は、もともと保育所や施設にボランティアとして何度か行ったことがあったので、子育てサークルも同じような場所だろうと考えていた。しかし、保育所と子育てサークルとでは、その場を構成する人の役割が少し異なっていたのである。保育所には、先生と子どもがおり、子育てサークルには、親と子どもがいた。保育所に参入するときには、先生の役割をまねて、子どもと接することができた。しかし、先生と親という役割は、一見似ているように見えるかもしれないが、フィールドワーカーがその役割をまねようすると、まったく違う印象を受けることになるのである。
私はできるだけ早くサークルになじもうと、活動に積極的に参加し、ほかの親とできるだけ同じように振る舞おうとした。しかし、そのサークルに集まる大人のなかで、筆者だけ子どもを連れていない。サークルの活動のほとんどは、親子遊びである。親子での遊戯も親子での工作も、大人一人では、やはり不自然なのである。しかも、子どもたちから見ると、筆者は物珍しいお客さんで、子どもの方から、手持ちぶさたにしている筆者に声をかけてくれる。私は、それに気をよくして、積極的に子どもと関わりながら活動を進めた。
ふと気づくと、その子どもの母親が、私の代わりに、手持ちぶさたにしていたのである。つまり、私が親の役割をまねて活動に参加しようとすればするほど、親から子どもを奪うかのようになっていたのである。そのことで気を悪くする親はいなかったが、子どもとじっくり遊ぶために活動に参加しているはずなので、この状態がいいとは思えなかった。そこで、私は、活動に一歩外から関わるために、活動中のいろいろな子どものところを歩き回って、順に声をかけて歩いた。ところが、声をかけながら歩いて回るということのせいで、筆者は徐々に「先生」のように思われるようになってしまった。「来週の活動、どうしましょう?」と相談され(相談されることはイヤではないし、このようなときのための、遊びのストックも用意していたが)、活動そのものを任されてしまうことも出てきた。筆者は、せっかく自主的に活動しているサークルの性質を変えたくはなかった。
そして、結局は、部屋の隅に座り込み、フィールドノートをつけながらの観察に専念することにした。その甲斐あってか、母親たちは、私を「子どものことを勉強しに来てるおねえさん」として受け止めるようになり、「勉強中だから、教えてあげなきゃ」と、子育ての大変さや楽しさ、ときには、夫の操作法まで、世話を焼くように教えてくれた。つまり、私は、親に近い役割を避け、親でも子どもでもない新しい役割を、なんとか作ることで、居場所を確保したともいえる。
岡本依子,2005,「フィールドに関わる」伊藤哲司・能智正博・田中共子編『動きながら識る、関わりながら考える——心理学における質的研究の実践』ナカニシヤ出版,49-62.p.52