打越正行×岸政彦対談(『調査する人生』)

暴走族の中でパシリをはじめる

岸:打越正行さんは社会学の中では伝説的なひとで、最初に会ったのは15年くらい前、当時からすごいフィールドワーカーがいると話題になってたんです。まだ20代ですよね。あの時は沖縄に入る前だった?

打越:そうですね。広島で暴走族の調査をやってた頃です。はい。

岸:その調査は、打越さんが暴走族のたまり場に歩いて近寄っていって、「ぼくを入れてください!」って言って始まった。

打越:人類学的には極めてオーソドックスな、つまり調査するひとびとの社会に入らせてもらうやり方で調査を始めました。

岸:オーソドックスに(笑)。

打越:アリスガーデンという名前の公園で、彼らはわりと気合が入った集会をしていて。「○○連合!打越よろしくー!」って言ったら、周りが「よろしくー!」と返答して、輪になって並んで、その声かけを1周する声出しという儀式があって。

岸:人数分「よろしくー!」しないといけない。そのビデオがすごく面白くて。暴走族の中に入って、打越さんはパシリをしていた。こんなひとがいるんだって、衝撃を受けました。打越さんは調査をしようとどの時点で思ったんですか。打越さん自身の生活史も相当面白くて、出身は広島で、大学は琉球大学。教育学部の数学科で、数学の先生の免許を持っている。で、琉球大学を卒業したあと、1年間大学に住んでたんだよね(笑)。

打越:そうです。住まわせてくれたんです。

岸:住まわせてくれた?て、たぶん黙認してただけだと思いますが(笑)。

打越:違うんですよ。大学の先生が同僚との会議でちゃんと通してくれたんです。よく住まわせてくれたと思います。

岸:へえええええ。今だったら考えられないね。打越さんをキャンパスに住まわせるか住まわせないかの会議……教室で寝てたの?

打越:教室で寝てましたね。寮へ風呂入りに行って。寝袋で寝てたら、ときどきニャンコが中に入ってくるっていう。

岸:あー。いいですね。

打越:いやいや、私そんなにニャンコ得意じゃないんで、夜中に入ってきたらキャーって叫んでました。

岸:もったいない……一緒に寝たらいいのに……。それで広島に帰って、広島で社会学の大学院に入る。もう社会学者になろうと思ったんですか?

打越:社会学者なんてまだまだ。ただ社会学を勉強したいなと。

岸:社会学の中でも最初からフィールドワーカーになろうと?

打越:はい、それは。とにかく調査をしたかったですね。

岸:お手本になった本はありますか。

打越:やっぱりポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)です。ほんまに何回も読んで。いま3冊目なんですよ。1冊目、2冊目はボロボロになってですね。全部付箋貼って、全部赤線引いて。どこが大事かよく分かんなくなってます(笑)。前半の民族誌編はほんとにおもしろいので、みなさんも騙されたと思って読んでみてください

「大学生のくせによく頑張ってるじゃないか」

岸:社会学の調査としては、打越さんは広島の暴走族の参与観察を数年やったんですよね。そのあとは沖縄に移住して、まずは同じように暴走族を?

打越:そうです。国道58号線という沖縄の幹線道路があるんですが、そこが暴走族の若者たちが集まり、暴走をみせる舞台だったんですよね。バイクでブンブンいわせてるときに声かけると怒られるので、彼らがコンビニで休憩しているときに声をかけました。

 最初の頃はぜんぜん相手にしてもらえなくて。当時私は30手前で、私服警官じゃないかと、すごく警戒されました。私もうまく話を聞けなくて「どこの生まれ」とか「何歳?」とか警察が聞くようなことしか聞けなくてますます警戒されました。彼らに覚えてもらうために、毎日同じバイクと同じ服で行って。あっ、洗濯してないとかじゃないですよ(笑)。そうやって覚えてもらって、面白がられて。2年目か3年目くらいで、建築現場に入れてもらえるようになりました。これが転機でしたね。

岸:よくそこまでやりましたね……..。

打越:建築現場で働かせてもらって、大学生のくせに——彼らの中では、大学院生も大学生なんですね——よく頑張ってるじゃないかと、評価を得たのがさらにそこから2年、3年目。ここからやっと、話を聞かせてもらえるようになった。さすがによく耐えた(笑)。この過程で起こったことって、信頼関係を築くというより、彼らにとって大学生っていう得体のしれない勉強しかしてこなかったようなやつが、実は俺たちよりなにも知らない、できないことがバレてしまったんだと思います。だから、彼らは私にバイクの改造の仕方、泡盛のつくり方、キャバクラの楽しみ方などを実地で教えてくれたんです。物知りや偉そうなやつから、なんも知らない、できないやつに時間をかけてたどり着いたんです。

岸:人類学的な調査ですよね。ぼくは調査をやっていると言っても、人と喋るのが苦手で、わりとワンショットサーベイが多いんです。人を紹介してもらって、生活史を聞いて、あとは手紙のやり取りくらいってことが多い。打越さんみたいにじわじわ、最初の数年を無駄にしながらも、入って行くというのは、今の社会学をやっている人の中では、あんまりいないですよね。そうした入り方をしていって、「地元」というキーワードがだんだん焦点化されていくわけですよね。

打越:そうですね。なんか大事なこととか面白いことが焦点化されていくのって、あとからなんですよね。


打越正行・岸政彦,2024,「相手の一○年を聞くために、自分の一○年を投じる」岸政彦『調査する人生』岩波書店,1-50.pp.2-6