第一部「生活誌」は3章から構成される。第1章「ひとつの文化の諸要素」の冒頭で、ウイリスは、中等学校に通う労働者階級の12人の白人男子生徒「ラッズ(lads)」の学校生活の特徴として、権威への反抗を指摘する。授業中に教室を歩き回り、教師の指示に舌打ちをし、机からはマンガ・新聞、ヌード写真がのぞく。廊下で教師と不自然に沈黙してすれ違い、直後にあざ笑う。しかし、彼らはいつも敵対まではいかずにその直前で身をかわし、それなりの言い訳も用意している。ラッズが教師と同様に対決するのが、彼らが「耳穴っ子(ear’oles)」と呼ぶ従順な生徒たちである。耳の穴は身体の中で表現力が最も乏しく、他人の意見を聞くだけで、じめじめしていてすぐにアカがたまる。ラッズからすれば、従順な生徒はこのイメージにぴったりであり、自分からは表現せず、他人の意見を何でも受容し、学校の権威に身を委ね。教師とグルになっている。学校でふざけることができず、性の経験もない耳穴っ子を、ラッズは見下す。
教師への反抗の切り札、そして耳穴っ子とラッズを隔てる決め手は、服装、喫煙、飲酒である。髪型、靴、シャツ等ラッズの服装のすべてが学校側の期待とは異なる。これは、正当性をめぐる学校側とラッズとの攻防戦とみることができる。そこには社会一般の意味づけが関係しており、喫煙と飲酒は、ラッズが自分たちを大人、つまり成人の男性労働者の価値観に重ねる行動であり、それを教師と耳穴っ子に誇示する手段なのである。ラッズは夜になると出歩き、街の裏表を知るようになり、学校最後の日の昼にはパブに行って酩酊し、学校からの解放の瞬間を味わう。これが、最後まで学校を拒絶し通した証となる。
2年生までは耳穴っ子と同じく個人行動をしていたラッズは、3年生になる頃に互いに出会い、独自の時間と空間を共有してインフォーマルな集団を形成する。学校側が念入りに作った時間割の授業を抜け出し、出席してもノートもとらない。転校生のふりをして、校内を案内してもらうように校長先生に言われた。と新任教師をからかう。学校の権威に反抗するだけではなく、学外でも、近所の「売家」の札を隣の家に動かし、校外学習のバスに落書きをし、博物館にある模型の村の人形を「誘拐」する。
そうした行動に退屈すると、ラッズは集団のメンバーとしての刺激を得るために、喧嘩や盗みをする。暴力は集団の中の自分の地位を正当化する手段である。お金が必要となればアルバイトをするのだが、それを通して肉体労働の世界を知る。またラッズは、女性と民族的少数者に優越感を抱く。女性はセックスの対象であるとともに家庭的なやすらぎの源であり、ラッズにとって都合のよいロマンチシズムの対象でなくてはならないのである。
- 原田隆司,2008,「反学校の文化――P. E .ウイリス『ハマー夕ウンの野郎ども』」井上俊・伊藤公雄編『社会学ベーシックス 4 都市的世界』世界思想社,177-86.pp.177-9