第3章 組織の窮状
2 欠員の補填
店舗マネジャーと店員との関係性は、シフト編成にも投影される。店舗マネジャーと店員とが縦の関係であるとすると、店舗経営において重要なのは、店員同士の横の集団関係を構築していくことである。そうしなければ、仲のいい店員同士が好き嫌いでシフトを組むようになる。依怙贔屓がでる。馴れ合いでシフトを組むようになると売り上げに影響が出てくる。そうなるとビジネスではなくなる。その逆に、シフトを管理するマネジャーの中には、機械的にシフトを組む者もいる。それはそれで問題がでる。その場合には、気配りが足りない。店員の特性を考えてフロアコントロールをイメージしておらず、店員を同一の機械のように見ている。
現場ではどのような工夫をしているのだろうか。たとえば、亀田店舗では高学歴の大学生店員と、夜間に通う中卒店員を組み合わせることがあった。休憩時間にカードゲームなどをして、相互にコミュニケーションしていく。年齢も異なれば、生活環境も異なるがゆえに、それぞれのよさが生かされ、化学反応がおこる。「勉強はできるかもしれないですけど、あいつは、馬鹿ですよ〜」といったやりとりが交わされる。シフト編成には、どのように組むとどのようにフロアがまわるかを考えておく。
次のようなケースもあった。店員のドタキャンに1人で対応し、顧客からのタレームを出してしまった女子高校生店員がいた。そんなときは二度と同じ環境をつくらないようにシフトを調整する。シフト管理をしっかりやっていない店舗は、穴があいてしまうので、メールでの丁寧なフォローを行ってシフトを管理しておく。シフトが足りない場合には、お客に対して、十分なサービス提供ができない。利益につながっていかない。シフトの調整は、それを回避するために行うのだ。
シフトをつくるときに、どれだけ、フロアコントロールのイメージをできるかどうかが、肝心。穴が埋まらないではなく、埋めようとする。その時に、全員にあたる。全員にあたることで、もしそのときに、欠員がうまらなくても、一度断ったことで相手はもうしわけないと思って、次回はシフトに入るようになる。この気持ちをもってもらうのが大事。年中無休、24時間のシフトをまわしていく為には、細心の注意を払っておくことが必要。そうでないと店はなりたたない。心理的な負担を全員でカバーしていく(山口文香 2011年2月16日)。
店員にはチームワークが要求される。平均的な店舗は、ランチ帯やディナー帯以外のオフピーク時は、2人で店をまわす。2人でフロアをまわすときに、1人がドタキャンをした。その場合、1人で店をまわしていかなければならない。ランチとディナーでシフト管理を分割し、その先に、統合的にシフト管理していく。
相手の立場にたって、相手の感情をつかまえていかないと、シフトは埋まっていかない。シフト管理をしていく上で、しっかりと連絡しない行動がその次の欠員につながっていく。店員の立場になって考えていく。これが大事。自分が自分がという動きをする人は、マネジャーには向いていない。マネジャーは、店員の立場にどれだけなれるか。どれだけ心境を想像できるかどうかが大事(伊藤崇文 2011年3月8日)。
月末には、店舗の売り上げを上げるために、「シフトをぎりぎりまで絞っていく」。シフトの本数を減らしたり、月額給与で勤務している店舗マネジャー本人がシフトに入ることで調整しながら、人件費を抑ぇていく。駅前で人通りが多く、1カウンター4座席のような小規模店舗は、人件費を抑えることができ、他店舗と比較して利益率が高い。山口が担当する店舗の1つは、月額の賃料が60万で平均600万の売り上げである。店舗の売り上げでは、1,000万円ほど稼ぐ店舗もある。月1,000万円程度売り上げる店は、毎日が「日曜日のトップピークのような感じ」である。
24時間のシフトを埋め続けることは、容易なことではない。丼家の経営の最重要事項といっても、過言ではない。店舗、商品が確保されていても、店員不在では、丼家の営業はできない。それでも、現実的には、シフトの欠員が頻繁に起きる。そこで、応急的な対応として取られるのが、へルプと呼ばれる、他店舗からの補助店員の派遣である。とくに、近接地域間で、従業員の欠員がでるときには、他店から店員が派遣される。これを現場では、ヘルプと呼んでいる。このヘルプにより、24時間の店舗の経営になんとか「穴をあける」ことなく、営業ができている。
ただし、ヘルプはあくまでもその場凌ぎの応急処置的対応である。というのも、コスト面では、余計な交通費が発生することになる。人件費の15分刻みでの調整や、商品ロスをできるだけ少なくするための労力が、このへルプによって台無しとなってしまうのである。それだけでなく、店員が他店で、ベストなパフォーマンスを発揮することは難しい。挨拶程度しか交わしていない、他店舗の店員との連携プレイはぎこちないものとなる。カウンターの並びや座席数やレイアウトも異なり、慣れない店舗で、無駄なく動くのは、至難の業である。
店をつくるというのは、シフトを表面的に補填していくことではできない。自分のお店であると思うようになることで、店を綺麗にするようになるし、何度も顔をあわせるようになる顧客に、笑顔の声掛けができるようになる。その点を理解せずに、他店舗からのヘルプ店員に頼り続け、その場凌ぎの店舗経営を行うマネジャーもいる。ヘルプが担当店舗の店員の成長を阻むこと、ヘルプ店員を送り出す店舗の負担増加になっていることを理解しておかなければならない。
ヘルプへの不満は、店員から「店のレベルが低くて、ヘルプにはいきたくないです。トレーニングされていないので、うまく、嚙み合えないんです。商品提供まで、時間のロスが出てしまって、ストレスを感じるのです」といった声や、「マネジャーが不親切でヘルプにはいりたくないのです。マネジャーがいなくても、店員は会話なくて、お葬式みたいなんです」といった不満として吹き出る。店舗には、店舗のリズムがある。ヘルプに入った他店でのパフォーマンスに齟齬が出て、それを違和感と感じるのである。
- 田中研之輔,2015,『丼家の経営——24時間営業の組織エスノグラフィー』法律文化社.pp.106-110