ギリガン『もうひとつの声』:ケアの倫理(木村 2010)

 1982年に発表された本書は、たちまちのうちに学術領域を超えて大きな注目を集めた。タイトルに含まれる「異なる声(もうひとつの声a different voice)」とは、「女性」に特徴的にみられる思考を指している。彼女は、道徳性の発達段階理論で知られるL. コールバーグとともに、その理論に基づく実証研究を積み重ねる過程で表れる性差に注目するようになる。そうした性差は、コールバーグの理論枠組みにおいては縦の序列として表れ、女性は男性よりも「低位」の発達段階にとどまりがちだと判断されていた。

 なぜ、女性は男性よりも道徳性の発達が「遅れる」傾向があるのか。そのことに疑問をもったギリガンは、性差を、同一の発達プロセスにおける到達レベルの違いではなく、異なる発達プロセスとして解釈する必要性を感じたのである。

 ただし、しばしば誤解されるように、ギリガンはこうした性差を「女性」と「男性」という存在にそれぞれ内在する本質的・固定的なものとして考えているわけではない。「異なる声」について、ギリガンは本書の冒頭で、「性のちがいによる「異なる声」」という意味ではなく、「テーマのちがいからくる「異なる声」」という意味だと述べている(ギリガン1986: vii)。もちろんギリガンは、テーマの違いは性差に注目してこそ明らかになると考えている。男性をモデルとして考えられた理論ではみえてこなかった「異なる声」は、女性を注意深く観察することによってみえてくる。「声」は、男性を観察した場合に特徴的にみられるものと、女性を観察した場合に特徴的にみられるものとでは、異なっているからだ。しかし、「声」の違いと性別の「両者の関係はけっして絶対的なものではない」、「同性のあいだにも相反する「異なる声」が聞こえる」(同:viii)と明言している。

 では、ギリガンが注目する「もうひとつの声」とはどのようなものか。ギリガンは、それを描き出すために、3つの研究——青年期のアイデンティティ形成と道徳性の発達に関する「大学生調査」「妊娠中絶選択の局面を経験した29名の女性を対象にした「妊娠中絶の決定に関する研究」「児童期から高齢期まで9つのライフステージごとに道徳性の発達について調べた「権利と責任に関する研究」における、面接法のデータを用いている。本書は、そうした研究から実際の人々の語りを豊富に引用しつつ、特に少女や女性の具体的な「声」を手がかりとして、その「声」を特徴づけるテーマを抽象的なレベルで再構成する形で展開する。それは、従来の発達理論が何を見落としていたのかを明らかにすることによって、男性中心モデルの「道徳性」なるものの輪郭を改めて明確にするプロセスでもある。

 コールバーグは、道徳性の発達段階には、前慣習的、慣習的、脱慣習的・原理的レベルの3つのレベルがあると考えた。3つのレベルはそれぞれ2つの段階からなり、全6段階は最終的な「公正」という原理に向かって、徐々に普遍性・抽象性を高める方向で構成されている。6段階の道徳性の発達を測るためには、道徳的ディレンマ状況を被験者に提示して回答を得る実験が用いられる。

 ギリガンは、重い病にかかっている妻を救うために高額の料金を請求する薬屋から特効薬を盗むべきか悩むハインツという男性を想定した「ハインツのディレンマ」を用いた実験の結果を基に、男の子(ジェイク)と女の子(エイミー)の思考の違いを描写する。ジェイクがハインツのディレンマを財産と生命との間の価値観の葛藤として「正しく」理解し、生命に論理的な優越性を与えるのに対して、エイミーはディレンマの中に「時間を超えて広がる人間関係の物語」を読み、物事を解決する最も重要な手段としてコミュニケーションの必要を主張する。ジェイクには容易に了解できた、世俗の法を犯して薬を盗むか、法を遵守して生命を失うかのディレンマが、エイミーには理解できない。薬屋ともっと話しあえば解決することではないか、薬を盗んでもらっても妻は喜ぶだろうか。エイミーの思考は、人間関係の文脈の中に埋め込まれている。こうした文脈依存的なエイミーの判断は、コールバーグの発達段階論では、ジェイクよりも低い段階にとどまるものという評価を受けることになる。これが、道徳性に関して男性より女性の方がより低い評定を受けがちな状況の典型例である。

 エイミーとジェイクの例を通して、ギリガンはこう問いかける。コールバーグの理論は、「彼は、彼女にはみえていない何をみているのか」という問いには答えられるが、「彼女は、彼にはみえていない何をみているのか」という問いに対しては、何ら答えを用意していないのではないかと。ディレンマ設定の意図に沿わないエイミーの回答は、実験者に質問を繰り返させることになる。徐々に彼女が自信を失っていき、ぎこちなくなっていくさまは、「劣位」なるものが作り上げられていくプロセスを浮き彫りにしていて、印象的である。

 道徳上の問題に直面した場合、男性は普遍的な道徳原理によって判断する傾向があるのに対して、女性は自分を取り巻く人間関係を重視し、他者への責任とケアを基準にして判断する傾向がある。女性の思考を特徴づける道徳性は、個別性・具体性から普遍性・抽象性へと向かうのではなく、人間関係や文脈に根ざした形で発達する。

 そうした道徳性のあり方は、妊娠中絶するかどうかを選択せざるをえない状況に置かれた女性たちが自己や他者について語る言葉からも引き出されていく。妊娠中絶という選択に直面して、女性たちは「自己中心性」と「責任」という言葉を頻繁に口にする。その思考を丹念に追うことによってみえてくるのは、その2つの言葉を柱とする「ケアの倫理」の発達プロセスである。「ケアの倫理」は、生存の確保に関わってまず自己をケアする第一段階から、そうした自己を「自己中心的」と自己批判する移行期を経て、他者への責任を重視する第二段階へ、さらに他者への責任が自己犠牲と同義となる危機を生む第2の移行期を乗り越えたのちに、自己と他者の双方をケアの対象(すなわち自分が責任をもつ対象)として捉える第三段階へと発達していく。最終段階では、自己と他者を相互に結びつける人間関係の力学への理解を深めつつ、「ケア」という原理に沿って自主的な判断をすることが道徳性のありかとなる。


木村涼子,2010,「関係性の道徳——C.ギリガン『もうひとつの声』」井上俊・伊藤公雄編『社会学ベーシックス 5 近代家族とジェンダー』世界思想社.115-24.pp.115-9