勤勉、倹約、謙譲、孝行などは、近代日本社会における広汎な人々のもっとも日常的な生活規範であった。こうした通俗道徳が、つねにきびしく実践されていたのではない。しかし、大部分の日本人は、一方ではさまざまの社会的な規制力や習慣によって、他方ではなんらかの自発性にもとづいて、こうした通俗道徳を自明の当為として生きてきた。
勤勉、倹約等々は、相互に補いあった一連の徳目である。さらに、忍従、正直、献身、敬虔などを加えてもよいし、早起きや粗食のような具体的規範をかなり長々と列挙してもよい。こうした一連の生活規範は、近代日本社会のなかではきわめて強力な規制力をもっており、大部分の日本人にとって、この規制力の網の目のそとに逃れることはきわめて困難だった。勤勉、倹約等々が、ごくありふれた通念だったということは、人々の思索がこうした通念のプリズムを通しておこなわれた、ということを意味している。人々は、現実の諸問題に直面してその解決のために思索してゆくのだが、その問題がうみだされた現実的歴史的根拠はまだ知られていないので、さしあたってまずこうした通念のプリズムを通して現実的諸問題が検討され処理されてゆく。事実問題として、右にのべたような一連の通俗道徳は、近代日本社会のさまざまな困難や矛盾(たとえば貧困のような)を処理するもっとも重要なメカニズムだった。通俗道徳の巨大な規制力を一瞥するだけで、大衆をとらえるとき思想もまた一つの巨大な「物質的な力」であることを信ぜずにはおられない。もとより、こうした通俗道徳は、今日の私たちにとっては、封建的な諸関係によって補完されつつ急速に展開した日本資本主義のイデオロギー的上部構造にほかならない。だが、そのことを理解したからといって、この通俗道徳がもっていた強大な規制力を、その独自なメカニズムとともに、理解したことにはならない。私が貧乏だとすれば、右の通俗道徳は私が勤勉等々でないからだと教え、私の家庭が不和であれば、私が不孝等々だからだと教える。その結果、さまざまな困難や矛盾は、私の生活態度=実践倫理に根拠をもっているかのような幻想がうまれ、この幻想のなかで処理されてゆく。このような幻想の虚偽性をみぬくことは、同時代のなかでは極度に困難だった。なぜなら、一つには、人々は同時代人としてこうした通念にあらかじめとらえられているからであり、いま一つには、私の貧乏等々はたしかにある程度まで私の勤勉等々で解決可能であり、しかもそうした解決の実例を数多く眼前にしているからである。いうまでもなく、現実的社会的な諸問題がそれとして客観的に表象されるのは、長い歴史的発展の所産である。歴史的客観的な諸関係をそれとして客観的にみとおし支配できない人類史の長い前史においては、人々は宗教、哲学等々を通じて世界を解釈し、多かれ少なかれ幻想的なその解釈を通して思索し、行動原理をみつけなければならない。右の通俗道徳においても、広汎な人々の現実的社会的な諸問題が、なによりも道徳的な問題として表象され、さまざまの現実問題がこの観念の場で処理されてゆく。こうした過程のくりかえしによって、社会的通念とその現実的基礎との関係がますます見えにくくなり、社会的通念は独立化して、人々を通念の網のなかに閉じこめてしまう。他方では、この幻想の職業的な宣伝家や礼拝者もあらわれて、現実的な諸関係から人々の眼をそらし、幻想のなかにすべての現実的なものの根拠を見るように人々を説得し、一つのイデオロギー的支配体制をつくってゆく。
安丸良夫,1999,『日本の近代化と民衆思想』平凡社.pp.12-4