インスタ映えとアテンション(久保 2019)

ビジュアル型SNS

 あきらさんは、今はもう、SNOWも双子ダンスもしない、自撮りは全くしないと一度は言ったが、

 「考えてみたら、これは自撮りです」

 と言って、景色の中に、女性が1人、階段に腰かけている写真を見せてくれた。

 「これは、自分で撮ったんです。私の家の玄関を出たところです。外に出たらお天気が良かったので、家の車のタイヤにスマートフォンを立てかけて、タイマーをかけて、下から撮りました。下から写すと、脚が長く見えます」

 その写真は、2010年にアメリカで始まった、写真の共有SNS「インスタグラム」に投稿されたものだった。自撮りと言っても、顔は小さく、そこに写っているのが、あきらさんなのかどうかもはっきりしないが、

 「どうせ、誰も、私の顔なんて見たくないですよ。見たいのは服とかだと思うので。顔は見えなくてもいいかなと思いました」

 彼女のことだから、ツイッター同様、インスタグラムでも、学校の友人への気遣いが行われているのだろうと思い、聞くと、首を振った。そして、「自分の好きなことだけを載せて、誰かが共感してくれたらいいなという感じです」と答えた。それは、かつて携帯ブログで情報発信していた女の子たちの、どこかにいる「自分と合う人」を見つけたいという期待と重なる。あきらさんは、ツイッターでは、学校の友人としかコミュニケーションを行っていなかったが、インスタグラムでは、学校の枠を超えたコミュニケーションを行っているようだった。

 その後、女の子たちのインスタグラムの利用は急激に増えた。総務省情報通信政策研究所「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」の結果によれば、2016年のインスタグラムの利用率は、全体では20.5パーセントであるのに対し、女性10代で41.2パーセント・女性20代で56.6パーセントであり、利用者の多くを女の子が占めていることがわかる。

 フリューガールズトレンド研究所が女子高生と女子大生に対して行った調査結果によれば、インスタグラムを1日1回以上使うと答えた人が、2014年は20.8パーセントだったのに対し、2016年には49.1パーセント。2017年には77.6パーセントと増えている。

 インスタグラム上で、写真が見栄えすることが、「インスタ映え」と呼ばれるようになり、2017年末、その年のユーキャン新語・流行語大賞に選ばれて、社会現象にもなる。インスタ映えする場所は「インスタ映えスポット」、服装は「インスタ映えコーディネイト」、雑貨は「インスタ映え雑貨」などと呼ばれ、インスタ映えする様々な物事の情報交換が、さかんに行われるようになった。

 インスタグラムやツイッターには「ハッシュタグ」という機能がある。単語や文章の前に「#」という記号を入れることにより、投稿にラベルをつけることができる機能だ。それにより、同じラベルがついた投稿をSNS全体から簡単に検索できるようになっている。例えば#の後に、2017年インスタ映えスポットとして話題になった、天使の羽が描かれたグラフィティ(図3-2)や、内装がピンク色に統一されたカフェの名前を入れて検索すると、その場所で撮影された写真が大量に収集できる。それらの写真はどれも似ていて、私にはそっくりに見えた。なぜ、同じ場所で、同じような写真を撮るために、わざわざ時間とお金をかけて、足を運ぶのだろう。

図3-2インスタグラム上でのシーンの「盛り」

天使の羽の壁での例

(イラストは出典元を参照。こんな感じのやつhttps://jp.pinterest.com/pin/11118330317650504/

真似されたい

 2018年1月、フリューでプリクラ機のモニターをしている、東京の都立高校に通う、2年生のさやかさんに出会った。ゆるく巻いたロングヘアを、顔周りで細く三つ編みにし、頭の後ろで留めている。お化粧はほとんどしていなかったが、唇には赤いリップが塗られていた。彼女は、高校ではダンス部のキャプテンを務め、週4回のダンス部の練習のほかに、渋谷のダンススタジオでもレッスンを受けているという、ダンス漬けの日々を送っていたが、彼女がダンスの他にもう1つ夢中なのが、インスタグラムということだった。

 「自分を発信するのが好き。人と一緒が嫌いなんです。個性を出したい」インスタグラムには、どのような写真を投稿しているのか聞いた。

 「きれいな壁があるところとか、カフェとか」

 まさにインスタ映えスポットとして、多くの女の子たちが集まっていた場所である。彼女はなぜ「個性を出したい」のに、皆と同じ場所で写真を撮ろうとするのだろう。「来月、ディズニーランドに行くんです。今日もこのあと、渋谷でそのための買い物をするんです」

 ディズニーランドは、古くから人気の場所ではあるが、2017年頃からはインスタ映えスポットとしても、人気を集めていた。ディズニーランドに行くために、1か月前から準備が始まっているとは驚いた。いったいどんなふうに準備を進めているのだろう。「今、インスタグラムで、いろいろ写真を見ていて、いいのを見つけたら、どんどん保存していっています」

 インスタグラムでは、閲覧した画像の中から選択したものを、自身のアカウントに保存できる機能がある。保存した写真は、フォルダに分けて整理することができる。さやかさんは、自身のスマートフォンを取り出し、インスタグラムの保存画面を見せてくれた。そこには「ディズニー」というフォルダが用意されていて、中にはディズニーランドで撮影された写真がたくさんあった。

 そして、スマートフォンで、別の画面も見せてくれた。

 「これ、一緒にディズニーランドに行く4人でのメールのやり取りなのですが、ここにみんな、自分が保存した写真をぽんぽんと載せて、『ディズニーシーにこういう場所があるんだって』とか、『このコーデかわいい』とか、相談しているんです」彼女たちが、ディズニーランドへ行く目的は、撮影だ。雑誌の編集者や映画やテレビのディレクターが、撮影前に、ロケハンをしたり、衣装を選んだりして、打ち合わせをするように、彼女たちもインスタグラム上で、事前調査をし、打ち合わせをしている。しかし、テレビや映画の撮影なら、視聴率や興行成績を上げるなどの目的があるが、彼女たちはいったい何を目指して、そこまで準備しているのだろう。

 「次は、ダッフィーとシェリーメイをやるんです」と彼女は言った。ダッフィーとは、ディズニー映画に登場するクマの男の子のキャラクターである。シェリーメイは、ダッフィーのガールフレンドだしかし、それをやるとは、どういうことか、私は意味がわからなかった。ぽかんとしていると、彼女は、自身のスマートフォンを差し出し、前回、ディズニーランドへ行った時の写真を見せてくれた。

 「前回は、チップとデールをやりました」

 チップとデールとは、ディズニー映画に登場する、2匹のリスのキャラクターである。写真を見ると、さやかさんが友人と2人で写っている。2人とも、チップとデールの2体のぬいぐるみが上に乗っているカチューシャをつけている。洋服は、2人とも同じ形のシャツと千鳥格子のスカートをはき、色違いだった。

 「この写真、インスタグラムに投稿したら、質問がたくさんきたんです」インスタグラムでも、それぞれの投稿に対し、誰でもコメントを書き込めるようになっている。さやかさんのその写真には、「どこで購入した洋服なのか」など質問が書き込まれていた。

 「全く知らない人から」

 彼女はそれをうれしそうに言った。

 「真似されたい」


久保友香,2019,『「盛り」の誕生——女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』太田出版.pp.292-9