犯罪者は分化した社会の中で、分化的に犯罪文化に参加することによって、犯罪行動を学習する。
衝動的な犯罪や殺人などの重大な犯罪については当てはまらないという批判、犯罪者に囲まれて生活しながらも犯罪者にならない者が存在することが説明できないという批判(鮎川 2006)
分化的接触理論の命題(鮎川 2006: 岩井 2009; 齋藤 2014)
①犯罪や少年非行などの行動は遺伝などの生得的な特性によるのではなく、学習による。
②犯罪行動はコミュニケーションの過程における他の人々との相互作用の中で学ばれる。
③犯罪行動習得の主な部分は親密な私的集団の中で行われる。犯罪行動の学習は対面的で親密なインフォーマルな集団におけるコミュニケーションを通じて行われる。
④犯罪行動が習得される場合、その内容は、犯罪遂行の技術と動機、衝動、合理化、態度等の 特定の方向づけである。犯罪行動の学習は、単なる犯罪の手口にとどまらず、逸脱行動を行うに当たって自分の行為を正当化する理由づけや根拠なども学ばれる。
⑤特定の方向づけは、法規範の肯定的または否定的意義づけから習得される。
⑥法違反の肯定的定義づけがその否定的定義づけを超過する犯罪を犯すのを好ましいとする人々や集団に出会い、その定義づけを受け入れたときに、人は犯罪行為や逸脱行動を行う。同輩や仲間関係、友人関係を介しての逸脱集団との接触などが例。
⑦分化的接触は、頻度、期間、順位、強度においてさまざまである。ライフコースのさまざまな段階に応じて犯罪行動にどのように接触するかは変化する。
分化的接触による犯罪行動の学習と非行者の形成(野田 2009)
ここで、具体例として非行集団への参加とそこからの離脱を経験した少年のケースを想定し、上記の分化的接触による犯罪行動の学習と「犯罪者」もしくは「非行者」の形成について考えてみよう。
――A少年は、サッカーとオートバイが好きな、どこにでもいるような少年である。
【1】あるとき、親から学校の成績のことで小言をいわれたA少年は、家にいてもおもしろくないので繁華街をうろつき、そこを根城とする非行集団のメンバーと知り合った。
【2】彼らとは趣味が似通い、年齢も近いことから、親からつきあわないようにと注意を受けたのを無視して、ときどき親しく話すようになった。
【3】しばらくして、仲がよかった学校の友達が地元の少年サッカーチームのレギュラーになったのをきっかけにA少年は彼との距離を感じ始め、非行集団のメンバ一と行動を共にすることが多くなった。
【4】行動を共にすることが多くなるにつれて、彼らの非行行動にも関与するようになり、その実践を通じて万引きや器物損壊を見つからずにやりおおせる技術や見つかったときの逃走の技術を学び、あるいはつかまったときの抗弁の方法を身につけていき、それとともにこのような一連の行動が彼の生活の中心を占めるようになった。
【5】何年か経ち、A少年は非行集団のリーダー的存在となっていたが、親から経済的な自立を迫られた彼は、人好きなオートバイの修理工場に勤めた。
【6】そこのオーナーがA少年のオートバイに関する知識と修理の技術を高く評価し、仕事が終わってからも食事に連れて行ってくれるなど可愛がってくれた。
【7】経験を積むにつれ責任ある仕事をまかされるようになり、それとともに仕事もどんどん忙しくなっていった。
【8】オーナーの信頼と仕事の楽しさが増すにつれ、非行集団のメンバーとは次第に疎遠になり、A少年の生活のなかで彼らとのつきあいは完全に過去のものとなった。
この具体例における親(家族)、学校友達(集団)、非行集団、勤め先の存在が、前記の「社会組織の分化」を表している。「接触過程の分化」は、それぞれの組織との接触が時間的経過とともに変化していることのなかに現れている。上例の事態の進行に即していえば、【1】【2】では接触の優先順位の判断は「親<非行集団」にとどまっているのが、【3】【4】では「親&学校友達<非行集団」となるとともに後者との親密さがいっそう増す。その親密さのなかで犯罪行動が学習され(サザランドの命題要約①)、学習内容の蓄積が進むが、それはまた後の非行集団との接触の頻度、強度ならびに持続期間が増大する過程であり、非行集団との接触が生活の中心となったとき、「犯罪者」「非行者」が形成される(サザランドの命題要約②)、ということになる。留意すベきは、以上の過程は不可逆的なものではないということである。反犯罪的文化との接触(【5】【6】)と反犯罪的行動の学習(【6】【7】)が進めば、ふたたび反犯罪的な存在に戻りうるのである(【8】)。
- 鮎川潤,2006,「逸脱行動の諸理論(1)」鮎川潤編『逸脱行動論 新訂版』放送大学教育振興会,31-53.
- 岩井宜子,2009,『刑事政策 第4版』尚学社.
- 齋藤知範,2014,「犯罪行動が学習される?――学習理論」岡邊健編『犯罪・非行の社会学――常識をとらえなおす視座』有斐閣,131-46.
- 野田陽子,2009,「犯罪文化への接触と学習が犯罪を生み出す」矢島正見・丸秀康・山本功編『よくわかる犯罪社会学入門 改訂版』学陽書房,135-45.