「ジェンダー・フリー」という言葉は、しばしば和製英語として論じられることが多かった。しかし、この用語は、すでに1980年代に、英語圏でもすでに使用されていた言葉だった。
その代表例が、1985年に書かれたバーバラ・ヒューストンの「公教育はジェンダー・フリーであるべきか」と題した論文である。この論文の冒頭で、ヒューストンは、ジェンダー・フリー教育の意味するところを3つに分類している。すなわち、第1に、男女の性差を無視して機械的に男女を「同じ」に扱おうとするもの。第2は、ジェンダーの無視ないし、ジェンダーについて配慮しないというもの。そして、第3に、ジェンダー・バイアス(ジェンダーによる差別や排除)からの自由である。ヒューストンの立場は、当然、第3の見地であるし、日本社会におけるジェンダー・フリー教育についての実践も、このジェンダー・バイアスからの自由という立場が主流だろう。
この分類をもとに、2000年代におこったジェンダー・フリー論争をまとめてみよう。
ジェンダー・フリー論争で反対の論陣をはった人たちは、よくこんな風に主張していた。「ジェンダー・フリーを主張する人たちは、男女の性差を無視しようとする人たちだから、身体検査を男女同室で行ったり、体育の時間の着替えも男女一緒にやったりしているに違いない。これは問題だ」。こうした主張をする人は、ジェンダー・フリー概念を第1の意味で考えているということだろう。「男も女もないと、機械的に一律の原理で子どもを教育するのがジェンダー・フリー(にちがいない)」という誤解である。実は、こうした誤解に基づく教育は、ジェンダー平等の実現を妨げることになると思う(ヒューストンも同様の見解を述べている。また、この言葉が誤解をまねきやすいことから、ジェンダー・フリ户という用語の使用に、ヒューストンは否定的だ)。というのも、ジェンダー問題にきちんと目を向けないまま、機械的に(生理学的な差異も無視して)男女を「同じ」に扱うという教育は、現実に存在している性差別を変革するのではなく、むしろその維持・再生産につながりかねないからだ。また、(男女にかかわらず)一人ひとりが抱えている固有の特性や能力を「すべて同一」とひとくくりにすることで、切り捨てや排除を生みかねないという問題もある。ジェンダー問題に敏感に対応しつつ、(差別や偏見を排除することで)一人ひとりの個性を伸ばすという教育本来の意義から、この機械的に「同じ」にする教育が、はずれていることは明らかだと思う。
逆に、ジェンダー・フリー教育を日本で進めようとした人たちは、3番目の意味、つまりジェンダー・バイアスから自由になろうという立場にたっていた。いわば人権の視点からの性差別の撤廃という視点だ。この観点からみれば、、男女同室の身体検査や着替えは、大問題だ。というのも、明らかにセクシュアル・ハラスメントになるからだ。
しかし、日本社会においては、マスメディアも含めて、多くの人が、ジェンダー・フリーを第1の意味に取り違えることで、大きな混乱が生じてしまった。このジェンダー・フリーをめぐる誤解が、一生差別の撤廃やジェンダー・バイアスからの自由を求める当然の声を、「過激な人々」であるかのように意味づけ、結果として、やっと動き始めた日本社会のジェンダー問題への関心に蓋をしてしまう結果になったのだ(おかげで、国際社会に20年遅れで進んでいた日本のジェンダー政策は、さらなる遅れを生み出す結果になった)。
伊藤公雄・樹村みのり・國信潤子,2019,『女性学・男性学——ジェンダー論入門 第3版』有斐閣.pp.305-7