バックラッシュ(backlash)とは「逆流」や「揺り戻し」を意味する英語である。1950〜60年代アメリカで発展した人種差別撤廃運動後の反発の中で生まれた動きや社会福祉の充実に対する反対の動きなども、この言葉で表現される。なかでも、1991年にアメリカでの反フェミニズムの動きをまとめたスーザン・ファールディが書いた『バックラッシューアメリカ女性に対する宣戦布告なき戦争」以後、女性解放運動やジェンダー平等の動きに対する「巻き返し」の意味合いでしばしば使用されてきた。
文化戦争
1960年代後半のアメリカにおける人種差別撤廃の運動やそれと連動して発展した女性解放運動は、それまでの社会慣習や価値観を、多様性や寛容性をもったリベラルな方向へと大きく舵を切らせることに成功した。しかし、1980年代以後、特にキリスト教原理主義の人びとを軸に、「伝統主義」「復古主義」の動きが草の根で広がっていった。リベラルな社会、多様性や人権の擁護を求めて広がった文化変動に、「伝統的な家族主義やジェンダー規範の強調」などを掲げた動きが、対抗運動として大きく広がったのである。宗教右派を軸にする「伝統主義」の人たちの主張は、「伝統的家族」の復活、「性別規範」の維持、「中絶や離婚への反発」「同性愛嫌悪をはじめとする性的マイノリティ排除」など、その多くはフェミニズムやジェンダー平等を求める人びとが勝ち取ってきたものへの敵対とつながっていた。アメリカの宗教社会学者ジェームス・ハンターは、この社会現象を「文化戦争」と呼んだ。妊娠中絶反対、銃規制反対、移民排斥、LGBTQ排除などの「揺り戻し」派と1970年前後に生まれた新しい価値観との「戦争」が始まったというわけだ。
日本におけるバックラッシュ
1990年代に入ると日本でも人権や多様性を擁護する動きに対する反発が広がってきた。日本における最初の反応は「歴史認識」をめぐるかたちで浮上した。「新しい歴史教科書を作る会」などの右派の文化人や(多くは当時の若手)政治家などが、アジア・太平洋戦争の位置付けをめぐって「アジア民族の解放戦争だった」「南京虐殺はなかった(あってもごく僅かだった)」「日本軍は慰安婦を強制連行などしていない」といった発言を、保守系メディアなどで展開し始めたのだ。
21世紀に入ると、この動きがジェンダー問題へと飛び火する。特に、いわゆる「ジェンダーフリー教育」が、その主要ターゲットになる。
ジェンダーバッシングともいう動きが最初に顕在化したのは、2000年秋に三重県で準備されていた「男女共同参画条例」をめぐるものだった。日本女性会議が開催されるのに合わせて準備された条例カモ保守派文化人からの攻撃にさらされたのだ。特に「男らしさ・女らしさに縛られることなく」という文言が、「男らしさ・女らしさを否定するものだ」と非難された(幸いにも、三重県の条例は原案通りに採択されている)。こうした動きは、その後、各道府県など自治体(東京都は、この年春にすでに男女平等参画推進条例を制定していた)における条例策定に際して激しいかたちで展開されていった。
2003年12月には宮崎県都城市で「性別及び性的指向に関わらず」と性的マイノリティについても踏み込んだ「男女共同参画社会づくり条例」が制定された。この条例に対して、世界基督教統一神霊協会(現世界平和統一家庭連合、以下、統一教会)など宗教右派の人びとや保守派の人びとからの批判の動きの中で、2006年には「性別及び性的指向に関わらず」の文言が削除され「すべての人」に敬き換えられてしまった。
性教育批判とジェンダーフリー・バッシング
攻撃の矛先は性教育やジェンダーフリー教育にも向けられていた。2003年には、東京都の七生養護学校で行われていた性教育(知的障害者は性暴力や性搾取の対象になりやすいため、きわめて重要な意味をもつ教育だった)に対して、保守系の都議会議員が議会で「世間の常識からかけ離れた教育だ」と非難、東京都教育委員会(都教委)は、教材の没収や教員の処分を行った(民事裁判になり、2009年都教委は敗訴した)。
また、日本教職員組合などが実施してきたジェンダーフリー教育も「行きすぎたジェンダーフリー教育」として、保守派の文化人や政治家から攻撃された。一部で和製英語とされてきた「ジェンダーフリー」は、アメリカの教育学者バーバーラ・ヒューストンもすでに1980年代に使用している。彼女は、この言葉を、①機械的に男女を同じに扱う。②ジェンダーに無関心、③ジェンダーバイアスの撤廃の3つくらいのニュアンスをもつとし、③の意味で使うなら賛成だが、混乱を招きやすいので使用は控えた方がいいと、論じていた。ジェンダーフリー教育推進の側は③の意味でとらえていたはずだが、バックラッシュ派は、①の意味でとらえ「男女に同室で着替えをさせる」(③の立場から見ればセクシュアルハラスメントだろうけれど)などと主張したことで、社会的に混乱が生じた。
2005年には自由民主党内に「過激な性教育・ジェンダーフリー敎育実態調査プロジェクトチーム(座長:安倍晋三自由民主党幹事長代理、事務局長:山谷えり子参議院議員)」が結成され、統一教会、キリストの幕屋、神道政治連盟や日本会議などの勢力と連動することで、ジェンダー政策に対してさまざまな介入が行われた。
日本におけるバックラッシュは、やっと動き始めた日本のジェンダー平等政策に歯止めをかけ、日本のジェンダーの動きを20年にわたって停滞させることになったといえるだろう。
伊藤公雄,2024,「バックラッシュ」ジェンダー事典編集委員会編『ジェンダー事典』丸善出版,680-1.pp.680-1