チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』2001年~2011年

 会社が新たに企画チームを立ち上げることになった。それまでは営業部が顧客を確保し、顧客の依頼による仕事を主としてきたが、逆に広告代理店がプロジェクトを企画し、協力企業を募るというのだ。もちろん一回性のイベントではなく、長期的な事業として進める計画である。代理店というものはいつも立場が下で、業務のほとんどが受動的で限界にぶつかりやすいが、このような業務形態が定着すれば、ただちに収益にはつながらなくとも、顧客との関係を主導して安定した収益と成長を期待することができるだろうとの見通しが示されていた。社員のほとんどはこの新しい仕事に魅力を感じ、キム・ジヨン氏も同じだった。ちようどキム・ウンシル課長(ジヨンの上司、女性)がこれを担当することになったので、キム・ジヨン氏は課長に、自分もやりたいと伝えた。

 「そうだよね。あなたならうまくやれると思う」

 課長の答えは肯定的だった。しかし結局、企画チームには参加できなかった。仕事ができると評判の係長クラスの人が3人と、キム・ジヨン氏の男性の同期2人が企画チームに異動した。この企画チームは会社の中核を担う人材集団と見なされていたので、キム・ジヨン氏とカン・ヘス氏(ジヨンの女性の同僚)の落胆は相当なものだった。それまでは、女性同期2人の方が評判は上だったのである。先輩たちには、同じ時期に同じ方法で採用したのに、男2人は何であんなに出遅れてるんだなどと大っびらにからかわれていたのだが。男性の同期2人も仕事ができないわけではなかったが、女性2人より扱いやすい企業を担当してきたことは、事実だったのだ。

 この4人は今まで格別に親しい仲だった。性格は全然違うけれど、一度も衝突せずに仲良くつきあってきた。なのに2人だけが企画チームに異動した後は、妙な距離ができてしまった。業務中にもやりとりしていたSNSのチャットもぷっつり途絶え、先輩の目を盗んで仕事の合間に持っていたカフェタイムも、お昼に一緒に行くのも、定期的な飲み会もおしまい。廊下で会うと、視線を合わせないように注意しながらぎこちない目礼をする。こんなことでは嫌だなあと思っていたら、いちばん年長のカン・ヘス氏が飲み会を設定してくれた。

 遅くまでかなり飲んだが、誰も酔わなかった。それまでは、集まれば子どもみたいにくだらない冗談を言いあい、仕事の大変さを愚痴り、それぞれのチームのメンバーについて軽い不満を漏らし、けらけら笑っていたのに、その日は初めからすっかり深刻モードだった。最初にカン・ヘス氏が、しばらく社内恋愛をしていたと打ち明けたからだ。

 「もう完全に別れた。誰かって聞かないで。憶測もしないで。他のところで口にしないでね。とにかく、最近はそれでもう精神状態めちゃくちゃなんだ。慰めてよ」

 キム・ジヨン氏の頭の中で、何人もいない未婚の男性社員たちの顔がぐるぐる回ったが、急に、相手が未婚者だとは限らないと気づいて頭痛がしてきた。2人の男性同期はビールをがぶがぶ飲み干し、そのうちに1人が、大学を卒業した妹がまだ就職できず心配だと言い出した。自分だって学資ローンを全額返済できていないのに、それよりもたくさん借りている妹は借金漬けから抜け出せないかもしれないと言う。すると、もう1人が頭をかきむしった。

 「何だよ。今、告白タイムなの?俺も告白すべき?だったら言うけど俺、企画チームの仕事、向いてない」

 キム・ジヨン氏はその飲み会で、たくさんの話を聞いた。企画チームの人材構成は完全に社長の意思で決まったものだという。有能な係長級の人たちが選ばれたのは仕事をしっかりと軌道に乗せるためで、2人の男性の同期が抜擢されたのは、これが長期プロジェクトだからだそうだ。社長は、プロジェクトの特性と困難さから見て、業務と結婚生活、特に育児との両立が難しいことをよく知っており、そのために女性社員は員数に入れていなかった。だからといって社員の福利厚生の向上に努めるつもりはない。続けられない社員が続けられるための条件を整備するより、続けられる社員を育てる方が効率的だというのが社長判断だったのだ。実は、それまでキム・ジヨン氏とカン・ヘス氏に難しいクライアントを任せてきたのも、同じ理由からだった。2人の女性を男性より信頼したからではなく、ずっと会社に残っていっぱい働く男性たちには、やる気をなくさせるような辛い仕事はあえてさせないのだった。

 キム・ジヨン氏は迷路の真ん中に立たされたような気持ちになった。誠実に、落ち着いて出口を探しているのに、出口は最初からなかったというのだから。それで呆然と座り込んでしまえば、もっと努力せよ、だめなら壁を突き破れと言われる。事業家の目標は結局お金を稼ぐことだから、最小の投資で最大の利益を上げようとする社長を非難はできない。だが、すぐ目の前に見える効率と合理性だけを追求することが、果たして公正といえるのか。公正でない世の中で、結局何が残るのか。残った者は幸福だろうか。

 その日、入社以来ずっと男性の同期たちの年俸が自分たちより高かったことも知ったが、1日分のショックと失望はもう使い果たしていたので、何とも思わなかった。社長や先輩を信じて働く自信はもうなくなっていたが、夜がまた明けて酔いが醒めれば習慣的に会社に行った。以前と変わりなく、やれといわれた通りに与えられた仕事をこなした。だが、情熱とか、信頼とか呼ばれるものには明らかに陰りがさした。

 大韓民国はOECD加盟国の中で男女の賃金格差が最も大きい国である。2014年の統計によれば、男性の賃金を100万ウォンとしたとき、OECDの平均では女性の賃金は84万4000ウォンであり、韓国の女性の賃金は63万3000ウォンだった。また、英国の『エコノミスト』誌が発表した「ガラスの天井〔マイノリティや女性の昇進を妨げる。目に見えない壁〕指数」でも、韓国は調査国のうち最下位を記録し、最も女性が働きづらい国に選ばれた。


チョ・ナムジュ,2016=2018,『82年生まれ、キム・ジヨン』筑摩書房.pp.114-8