第3波フェミニズムは、1990年代にバックラッシュとポストフェミニズムそして新自由主義イデオロギーが蔓延する時代に登場した。90年代前半というのはジェンダー平等の達成への希望をもてるようになったのと同時に、達成されていないさまざまな課題が浮き彫りになった時期である。
社会の目標としてジェンダー平等が掲げられる一方で、執拗な性差別、人種差別、ホモフォビア(同性愛嫌悪)、経済的な格差の拡大が見られ・個人主義と実力主義を必須とする新自由主義体制下の社会と文化が、社会構造に起因する問題として性差別について語ることを妨げていたためである。
この時期、第2波フェミニズムの一定の成果に基づいて、女性は男性と対等な権利を獲得しもはやフェミニズムは不要になったとする「ポストフェミニズム」論がマスメディアによってもてはやされた。その背景の一つとして、新自由主義イデオロギーの拡大が影響を与えている。
20世紀後半〜21世紀初頭にかけてグローバルに拡大したこのイデオロギーは、社会福祉を切り詰め、経済的な成功を個人の幸福であると詐称し、「自由な」経済競争に敗北することは自己責任であり、努力不足であると切り捨てたのである。経済的自律を要請されるようになった女性たちも、この新しいイデオロギーに取り込まれていくようになった。
第3波フェミニズムの担い手は、第2波フェミニズムの理想が自明視されるポストフェミニズム時代にジェンダー教育を受けながら、バックラッシュ期にフェミニズムと出会ったが故にみずからをフェミニストであるとするにはためらい、個人主義イデオロギーを無意識的に内在化しつつもその規範に葛藤し続けているこのような女性たちであった。
第3波フェミニズムの3つの契機
第3波フェミニズムが可視化されるようになった主要な契機は、次の3つである。第1に、1991年に米国最高裁判事クレランス・トーマスのセクシュアルハラスメントをアニタ・ヒルが告発したもののアメリカ上院議会で否決された後、レベッカ・ウォーカーがMs.誌に「第3波になる」という記事を書いたことである。
女性たちの闘いは終わることなく、その怒りを政治的なかに変えるよう呼び掛けたウォーカーは、「私はポストフェミニズムのフェミニストではない。私は第3波である」と述べ、それ以降「第3波フェミニズム」という表現が広まった(Walker, 1992)。
第2の契機は、1991年8月、アメリカのオリンピアとワシントンD.C.で発生した「ライオットガール」というガールズ・バンク・ムーブメントの広がりである。女性が文化生産の主要な担い手となったこの運動はDIYの精神と結び付き、既存のポピュラー文化やサブカルチャーに埋め込まれていた「文化生産は男の子の役割であり女の子は単なる消費者やファンにすぎない」という風潮を覆した。
以後、映画、ドラマ、音楽といったポピュラー文化は、フェミニズムの主戦場として発展するようになった。女性たちはこの運動を通じて、自分たちで文化生産できると誇示し、ZINE(ジン)やブログに自分たちの日常や経験、ライフスタイルやセクシュアリティ、家父長制社会や性暴力への怒り、抑圧や快楽とフェミニズムとの関わり、自己の身体の取戻しといったテーマについてミクロな視点から語り始めた。
第3の契機は、第2波フェミニズムの内側からのフェミニズム批判である。1980年代半ば以降、ブラックフェミニズムや第三世界フェミニズム、労働者階級の女性たちによって、白人中産階級に所属し異性愛者の女性を普遍的なアイデンティティとするフェミニズムへの批判が生じた。
インターセクショナルなフェミニズム
ベル・フックスらによって第三世界フェミニズムは示された。性差別は単一の差別ではなく人種差別や階級意識、ナショナリズムや経済格差の問題などと複合的に関連しながらある種の女性たちが抑圧の対象とされ、時には女性たち自身が抑圧者として社会的に位酋付けられることもあるという考え方は、新しい世代の女性たちが交錯的なアプローチからフェミニズムに取り組む視点をもたらした。
1989年に批判法学者であるキンバリー・クレンショーが考案した「インターセクショナリティ」の概念は第3波フェミニズムの議論において特に重要なものとなり、ジェンダー、人種、セクシュアリティ、階級、アイデンティティの複数化、交錯性や多様性を認め、フェミニズムの境界線を外部へと開き続けている。人種・セクシュアリティ・階級を絡めた要素は、今日のフェミニズムを論じる際には、いずれも欠くことのできないものである。
総じて、今日において「第3波フェミニズム」と呼ばれるようになった1990年代以降のフェミニズムの第3の波は、アンチフェミニズムが勢いを増したバックラッシュの時代と、フェミニズムはもはや必要なくなったのだとするポストフェミニズム状況という2つの逆風の中で個人と文化の領域において展開された潜伏的なフェミニズムであったといえるだろう。
そして、その潜伏的な、しかし途切れることなく続いた女性たちの抵抗の力は、やがて到来するフェミニズムの世界的復活へと注ぎ込み、今日、再び、公共領域でのインターセクショナルなフェミニズムの運動へと発展を遂げているのである。
田中東子,2024,「第3波フェミニズム」ジェンダー事典編集委員会編『ジェンダー事典』丸善出版,662-3.pp.662-3