ウォーラーステインの『近代社会システム』(ハルツィヒら)

 1974年、イマニュエル・ウォーラステインの『近代世界システム』(The Modern World System)の出版とともに、グローバル経済の発展と越境移動に関する議論が始まった。世界システム論では、世界市場は資本主義の「中心」である大国から、「半周辺」を通って「周辺」へと16世紀以降拡大した、と主張されている。鉱物などの原材料がある場所・それらを採取する費用・大規模農業・工芸作物には地域的なばらつきがあるため、周辺に位置する国の間でも移動が起きた。19世紀後半までに、資本主義は農業に浸透しており、機械化もされていた。このような農業のほうが、人間の労働力に依存する農家より、費用効率が高かった。その結果、小規模農家は「余剰」労働力へと姿を変え、貧しい経済状況のため、収入が見込める土地への移住を余儀なくされた。このような経済と越境移動の統合に先立ち、1826年以降のラテンアメリカ・カリブ海地域の独立した諸国と北大西洋の旧宗主国の間の格差に関して、分析がされていた(Andre Gunder Frankなど)。また、脱植民地化を遂げつつあるアフリカ諸国の経済学者と中心、つまり資本主義の元宗主国の経済学者の間でも交流があった。その結果生まれた「従属理論」では、不平等な貿易の条件・低開発・権力関係が論じられた。さらに大きな経済的文脈では、フェルナン・ブローデル(Fernand Braudel)が、市井の人々の暮らしぶりから、地中海世界における依存と相互依存について研究した。ジャネット・L・アブー=ルゴドは、研究の視座がヨーロッパや北大西洋中心に陥っていることを批判し、アジア・アフリカ・ヨーロッパ世界のなかでも特異な13・14世紀の貿易圏を重視することで、世界システム論との違いを出している。20世紀後半になると、サスキア・サッセン(Saskia Sassen)によって、旧宗主国同士が金融の中心として、また移住労働者が搾取される中心として結びついていることが強調された。

 世界システム論によれば、資本主義的な市場・生産が周辺社会まで浸透したことで、越境移動は起きる。投資によって人々は土地から引き離され、そこから起きる国内・国際移動には、資本と商品の流れが反映されている。ただし、その流れは逆である。つまり、文化的な理由により(言語・教育・コミュニケーション・交通網)、人の流れは旧植民地から旧宗主国へと向かう。その数を、目的地となる国々は減らそうと試みているが、世界銀行や国際通貨基金の政策——移民送出国で国民の社会保障を減らしている——によって邪魔されている。多国籍企業の投資や利益への脅威が存在する地域では、資本主義世界に属する諸政府が武力介入を行ってきた。しかしその過程で、大規模な国内移動が発生しただけでなく、国境を超えて移動する難民がたびたび生み出されてきた。例えば、独立後のコンゴ・グアテマラ・ペルシア/イランが挙げられる。これらの関連性について、研究者は分析してきたが、それが政治的決断に影響したことはなかった。経済大国は各国から支持をとりつけ、20世紀後半から21世紀初頭にかけて、不平等な貿易の条件を設定した。それゆえ、周辺諸国では抑圧的な状況が生まれ、結果として人の移動が誘発されたり、移動せざるをえなくなっている。経済格差・ヒエラルキー・天然資源は、自分たちの生活を物質面で向上させようとする家族や個人の意識的な決断を左右する。世界システム論の視座は、移民の経済学をグローバルに分析する上での枠組みを提供してくれる。


Harzig, Christiane, Dirk Hoerder and Donna R. Gabaccia, 2009, What Is Migration History?, Cambridge: Polity.(大井由紀訳,2023,『移民の歴史』筑摩書房.)pp.137-9