近年の重要な変化は、移民の女性化である(IOM,2005:109-110)。1970年代後半になるまで、アジアには女性の労働移民はほとんどいなかった。その後、当初は中東で、そして1990年代からはアジア内部で、女性の家事労働者への需要が急激に高まった。2004年にはインドネシア出身の新しい正規移民労働者のうちの81%が女性であった(ILO,2007)。インドネシアからの正規移民の主な流れは、マレーシアとサウジアラビアへのものであり、マレーシアへは女性が辛うじて過半数を占める程度であるが、サウジアラビアへは男性に対して1対12と数で圧倒していた(Hugo,2005)。フィリピンからの移民労働者のうち、初めての移民のなかに占める女性の割合は、1992年の50%から1998年には61%に上がり(Go,2002:66)、2006年には72%にまで上昇した(ILO,2007)。
多くの移民女性は、家事労働者やエンターテイナー(しばしば売春婦の婉曲表現)、レストランやホテルのスタッフ、衣類や電子機器工場の流れ作業組立工員といった、「典型的な女性の」仕事とみなされる職業に集中している。これらの職業は、低賃金で労働環境や職場状況も悪く、従順さや服従、献身的に奉仕することを喜びとするというような、家父長的なステレオタイプにもとづく女性観をともなっている。今後、多くの移住先国における人口の高齢化を背景に、介護労働への需要が移住の主要な要因となっていく可能性が高い。女性移民は、出身地の家族やコミュニティの動態に大きな影響を与えてきた。既婚女性は、他の人に子供を預けなければならず、長期の不在は人間関係やジェンダー役割に影響する。家事サーヴィスの増加は、アジアの新興工業諸国における専門職の共稼ぎ家族の増加を要因としている。
結婚もまた、女性移民の方法のひとつである。アジア人女性は、1940年代からアメリカ軍人の花嫁として移民しており、最初は日本から、その後は韓国、そしてヴェトナムから移住した。1980年代以降は、新しい現象が現れた。ヨーロッパやオーストラリアへの「花嫁の通信販売(’mail order’ brides)」と呼ばれる現象である(Cahill,1990)。1990年代以降、日本や台湾では、地元の女性がより魅力的な都市部に流れたことにより、農村地域の農家が外国人花嫁を探すようになっている。これは、アジアにおいて移民が定住することを許される数少ない方法である。しかし、花嫁として入国した(フィリピンやヴェトナム、タイ出身の)若い女性は、周囲からの過度な孤立を経験する可能性がある(IOM,2000b:65)。
21世紀初めには、韓国への結婚による移民が増加するようになり、インド人男性の花嫁がバングラデシュで募集され、中国人の農家がヴェトナムやラオス、ビルマからの花嫁を求めるようになった。中国の一人っ子政策は、118人の男子に対して100人の女子という過度なジェンダー不均衡をもたらした(IOM,2005:112)。韓国では、2005年のすべての結婚のうち、14%近くが国際結婚であり、農村地域ではその割合はさらに高かった。結婚は業者によって準備されることが多い(OECD,2007:260)。2003年には、台湾における32%の花嫁が、中国本土あるいは他国出身であり、移民女性との間に誕生した子供の数は、全出生数の13%を占めるようになった(Skeldon,2006b:281)。ここから起こりかねない、文化的に重要なことがある。地方は伝統的価値観を生みだす場所と考えられがちであり、高い割合で外国出身の母親がいることを、ナショナル・アイデンティティへの脅威であるととらえる者もいるということである。
Castles, Stephen and Mark J. Miller, 2009, The Age of Migration: International Population Movements in the Modern World, Basingstoke: Palgrave Macmillan.(関根政美・関根薫訳,2011,『国際移民の時代』名古屋大学出版会.)pp.171-3