マイノリティの集住とコミュニティ(塩原 2025)

 移民などのマイノリティが特定の場所に集住し、マジョリティ国民の統制が及ばない独自の閉鎖的なコミュニティを形成しているというのが「社会の分断」の典型的なイメージである(ハージ 2003)。しかしこれまで述べてきたように、同化を多次元なものととらえれば、マイノリティが主流社会に何らかの意味で同化することは不可避である。それゆえ一般通念に反し、分断とはマイノリティが主流社会に同化/統合されていない状況のことではない。それはマイノリティがマジョリティからみて「望ましくない」あり方で同化していることによって、マジョリティの人々からの憂慮や敵意の対象となっている状況である。

 とはいえ、マジョリティが憂慮の対象とみなしている人々が、実際に「望ましくない」あり方で同化しているとは限らない。マイノリティとマジョリティの「分断」が顕在化したものとして表象されることが多いのが、マイノリティが一定の場所に「集住」している状況である。日本でも、外国人居住者が多く集まる集合住宅(いわゆる「団地」)に注目が集まっている。こうした各地の「外国人集住団地」の存在は1990年代から知られるようになり、一部の団地での外国人住民と日本人住民のあいだのトラブルや意思疎通の不足、(体感)治安の悪化といった「分断」状況がメディアによって報道されるようになった(山本 2024: 69,70)。このような場所では、外国人どうしが固まってコミュニティを形成し、日本人住民と分断している、と描写されることがしばしばであった。

 外国人集住団地として知られる埼玉県川口市のUR芝園団地の自治会の事務局長を2017年から務めてきた岡崎広樹は、こうした想定に違和感を表明する。住民人口の過半数が外国籍であり、その大半が中国人というこの団地では、確かにゴミの分別収集や不法投棄、家庭騒音、路上駐車、ぺットの無断飼育、そして言語や生活習慣の違いなどに起因するトラブルが存在している。しかし芝園団地が外国人集住団地として知られはじめた2010年代に比べれば、2020年代初めには状況は落ち着いており、見学に訪れた者が、「特段荒れた様子も」ない「何ら変哲のない団地だな」とがっかりして帰っていく様子が見られるという(岡崎2022: 4-6)。岡崎が取材に訪れた、UR大島6丁目団地(車京都)、県営いちょう上飯田団地(神奈川県)、UR知立団地(愛知県)、UR笹川団地(三重県)の自治会や住民支援団体関係者も、過去の一時期はトラブルが多発したとしても、現在は比較的トラブルも少なく、住民は「共存」していると異口同音に述べた(前掲書: 90-170)。そもそも、地域コミュニティでトラブルや犯罪を起こすのは外国人だけではない。外国人集住団地に長く住んできた住民も、これまでさまざまな「日本人」がトラブルを起こしてきたのを見てきた。にもかかわらず、外国人住民が増加すると一部のマスメディアがそれをセンセーショナルに報道し、それに乗じてネット右翼やヘイトスピーチ集団の誹謗中傷が住民の不安を煽るようになる。その結果、そこに住んでいる人々のあいだですら、外国人を「迷惑な隣人」と感じる人々が出てくる(前掲書: 48, 50)。

 諸外国における実証研究でも、移民の増加が地域の犯罪を増加させるという固定観念には裏付けが少なく、むしろ移民が増加することで犯罪率が減少する場合もあることが示されている。そうした研究をまとめた永吉によれば、第1に移民自身が犯罪を起こしやすいことを示す調査結果は少なく、むしろ移民は犯罪を起こしにくいことを示す調査結果もある。第2に、移民が増加してその地域の状況が変化することで、その地域において犯罪が起きやすくなることを示す調査結果も少なく、逆に移民が増えた地域では犯罪が起きにくくなることを示す調査結果のほうが多い。この第2の傾向を説明するため、永吉は次のような仮説を紹介している。地域コミュニティが衰退して住民どうしの結びつきが弱まることが犯罪を増加させることは、実証研究で確かめられている。それに対し、移民の増加は人口を増加させ、産業の発達や雇用機会を生み出すことで地域コミュニティを活性化させる。その結果、その地域における犯罪が減少する可能性がある。あるいは移民自身が移住先で形成するコミュニティにおいて、強い家族・親族のネットワークや宗教的な倫理観が維持され、それに基づいて住民(特に若者)の行動をコミュニティの構成員が監視しあうことで結果的に犯罪が抑制される可能性がある(永吉 2020: 133-148)。

 移民と犯罪の関係についての実証研究の知見は日本ではまだ少ないが、2000年代半ば以降、外国籍住民の数は大幅に増加したにもかかわらず外国人刑法犯の検挙件数・人数、および外国人住民の総数に占める割合は大きくみれば減少傾向にある1。それゆえ少なくとも、外国人の増加が犯罪を増加させているとはいえない。とはいえ、永吉が指摘したようなエスニック・コミュニティの強い絆が移民の犯罪を抑制するメカニズムが働いているかどうかは検討の余地がある。日本では外国人住民の同胞エスニック・コミュニティが強固に形成されている事例は少ないことと、外国人住民が同化する対象である現代日本社会全体で、程度の差はあれコミュニティの脆弱化が問題になっていることがその理由である。

 ただし現代日本に生きる私たちが、そのようなコミュニティの「不足」を常に感じながら生きているのかといわれれば、そうとは限らない。コミュニティへの帰属感覚をそれほど強く感じていないが、特に困ることもなくむしろそれがふつうだと思って生活している人も多い。それに対して、高齢者や貧困家庭、若者の引きこもりといった「孤立」が社会問題化するとき「コミュニティの不足」が語られる。とりわけ団地での高齢者の孤立や孤独死の問題は「無縁社会」といったフレーズとともに注目されてきた(NHK「無縁社会」プロジェクト取材班編 2010)。つまり外国人集住団地の状況を憂慮する言説のなかでは、「私たち日本人のコミュニティ」は「不足」しているのに対して、「移民/外国人のコミュニティ」は「過剰」であるという構図が暗黙の前提となっている。そのため「彼・彼女たち」だけが結束しているように見えることが、「コミュニティが分断される」という不安を「私たち日本人」のあいだに引き起こしている。

 一方、岡崎は、芝園団地でも他の団地でも程度の差こそあれ、「日本人住民と外国人住民の共生」以前に、そもそも日本人住民どうしや外国人住民どうしが「共生」していないのでは、という課題を見出す。日本人どうし、外国人どうしも「見知らぬ隣人」なのであり、世代や人居時期、ライフスタイルの違いによって互いに疎遠になり、利害関係の違いから小さな集団に分断している。

 ……仮に日本人住民と外国人住民とを「分断」していると表現する。その場合は、日本人住民同Lも「分断」している。さらに、外国人住民111・上も「分断」している。つまり、芝園団地の住民同士は「分断」している。そう表現しなければ、芝園団地の実態を現すことができない。(岡崎 2022: 187)

 同じ団地に住んでいるだけで、外国人がひとつの「エスニック・コミュニティ」としてまとまっていると思い込むのは、同じ地区に住んでいるだけで日本人がひとつの「日本人コミュニティ」としてまとまっていると思い込むのと同じように、幻想なのである。にもかかわらず団地に外国人住民が住みはじめると、「日本人」と「外国人」がそれぞれ同質的に認識されたうえで前者のコミュニティが不足し、後者のそれが過剰であると表象され「両者の『共生』を築こうとすることが前提になる」(岡崎 2022: 188)。

  1. 外国人による刑法犯の検挙件数・検挙人員は、2005年の4万3622件(1万4786人)をピークにその後減少傾向に転じ、2023年には1万5541件(9726人)であった。また2023年の来日外国人(日本にいる外国人から特別永住者、永住者などを除いた者)の刑法犯の検挙件数1万40件の罪名のうち、強制性交等・強制わいせつは2.6%、強盗は0.8%、殺人は0.5%であった。また刑法以外の特別法犯については2004年をピークに2012年まで減少したのちに緩やかな増加傾向に転じ、2023年では8048件(5799人)となった。外国人の特別法犯の罪名の大半は入管法違反である(法務総合研究所2024: 238-241)。なおこの間、在留外国人(2012年以前は外国人登録者)の総数は2004年の約197万人から2023年には約341万人へと増加している。出入国在留管理庁ウェブサイト2024年12月24日閲覧。 ↩︎

塩原良和,2025,『共生の思考法――異なる現実が重なりあうところから』明石書店.pp.61-6