女性のライフコースの男性化(Esping-Andersen 2009=2022: 28-36)

 女性の役割の転換を説明するために、女性の教育と雇用における現象が広く言及されている。ほとんどの研究は、信頼できるデータが存在する最近2、30年について、それらの傾向を解析している。しかし、第二次世界大戦の直後の時期は、労働者階級の女性の雇用が顕著に減少したという事情もあるので、オッペンハイマー(Oppenheimer 1997)が警告するように、私たちは歴史的基準点の選択には注意しなければならない。戦後の2、30年が、結婚すること、出産すること、または主婦であることにかんして例外的な時期だったとすれば、そのような時期を基点に傾向を明らかにしても、誤解を招く可能性が高い。したがって、私はもっと長期の概観から始めよう。表1-1は、1900-2000年のアメリカの歴史的データを利用したものである。女性の新しい役割にかんして、アメリカは、北欧諸国とともに先駆者とみなすことができる。ある人はこれらのデータを、ジェンダー間の差異の縮小に向かう長期の漸進的な傾向と見るかもしれない。だが、20世紀の最後の2、30年に雇用と教育達成が突然に加速したことから示唆されるのは、この時期に特有の移行が起こったということである。その転換は、ベビーブーム世代に、非常に集中しているように見える。

 教育達成は人的資本の賦存〔手持ち〕の尺度、すなわち、キャリアの見通しや潜在的な稼得力の尺度と解釈することができる。アメリカでは、高校卒業については、戦後数年のうちに男女差がないという意味でジェンダー中立になっていた。しかし、高卒というレベルは、新しい知識経済のなかで個人のキャリアの可能性を測るには貧弱な尺度である。したがって私は、ゴールディン(Goldin-1990)のように、4年制大学の学位取得者の男女比に注目する。この面でジェンダー同等にむけて最初の目立った跳躍が起こったのは、20世紀初めの2、30年間である。これは上流階級の少女たちが高等教育に参入し始めた頃である。しかし、この初めの跳躍の後は長らく安定的に推移した。2番目の決定的な爆発は最近の2、30年に訪れた。だが、この2番目の跳躍が起こったのは、女性が高等教育にいっそう進出したためばかりではない。物語の重要な半面は、男性の大学教育の達成が低迷したことにあるからだ(Goldin and Katz 2008)。

 女性全般の雇用のレベルしか検討しないならば、おそらく誤った結論が導かれるだろう。なぜなら、これまでいつも、女性は無配偶のうちは相当に高い率で労働市場に参加していても、結婚と出産の後には労働力率が急激に低下していたからである。したがって、有配偶の女性、そして小さな子どもをもつ母親の雇用に焦点をあてるのがより適切であると思われる。両方とも疑う余地なく、平等化にかんしてより優れた基準を提供する(Blossfield and Hakim 1997)。有配偶女性が労働力であり続ける比率は、1960年代まではゆっくりと着実に上昇したが、その後、20世紀の後半に爆発的な伸びを記録した。1948年以前の母親の雇用にかんするデータは存在しない。いずれにせよ、その爆発的なパターンは、女性の雇用の傾向が漸進的ではなかったと見る解釈と合致する。大きく外れる点は若干あるが、アメリカにおけるパターンは、その他の国々が経験したことをきわめてよく代表している。いまやヨーロッパ中のほとんどの国で、女性の教育達成は男性を上回っている。雇用にかんしていえば、その転換はスカンジナビアで1960年代に他の国に先駆けて始まり、他の諸国よりも速く、より包括的なものとなった。スウェーデンでは、小さい子どもをもつ母親の労働力率は、1960年代初めは38%であったが、次の10年間で54%に上昇し、そして1980年代に82%にまで急上昇した。そのレベルはその後ずっと維持されている(Hoem 1995)。それにたいしてイギリスでは、より緩やかな進行が過去100年にわたって見られた。さらに、有配偶女性の雇用率はたった60%で頭打ちになり、それは女性の役割の転換がむしろ未完なままであることを示唆している(Scott 2008)。

 これらの数字では、革命の推進力が実際よりも誇張されている。なぜなら、1990年代までの女性の労働力率の上昇は、ほとんどがパートタイム就業によるものだったからである。しかし、過去2、30年でそれがフルタイムに変わり、生涯にわたる雇用が根を下ろし始めた。実際、パートタイム就業がどれほどの割合を占めているかは、革命の経路のなかである国がどの位置にあるかを知るうえで、よい指標として役立つかもしれない。たとえばイギリスやドイツ・オランダでは、子どもをもっ女性のち、だでパートタイム就業は常態となっている。これにたいして北欧諸国では、主婦は本質的に消滅し、そしてとくにデンマークでは、パートタイム雇用は、出産休業から通常の仕事のスケジュールに戻るまでのつなぎとして、一時的に利用される働き方になった(Blossfeld and Hakim-1997, Boeri et al. 2005)。経済的な意味では、スカンジナビアの女性のライフコースは、まちがいなく男性化してきた。

 しかし、パートタイム雇用の率は、南欧の傾向を評価するうえでは、ほとんど役立たない。というのは、労働市場の規制によって、パートタイムという働き方が周縁化されてきたからである。一般的にいって、ヨーロッパ大陸の国々、とくに南欧諸国は、転換の遅れを示すよい例である。母親の雇用率が50%の壁を上回ったのは、イタリアとスペインではごく最近のことにすぎない。転換がこのように遅れているのは、パートタイム就業の機会が乏しいためかもしれない。いずれにせよこれらの遅れた国々は、いま非常に急速にその遅れを取り戻しつつある(Boeri et al. -2005)。実際、スペインにおける女性の雇用率は1995年の30%から2007年には53%に跳躍している。10年あまりで77%の飛躍である!若年層の女性では労働力率が急速に70%に近づいており、彼女たちに焦点を当てると、変化のペースはさらに際立つ。あらゆる兆候によれば、女性の新しいコーホートは、生涯にわたって雇用に従事しようとしている。それも、パ—トタイムの仕事が乏しく、仕事と母親であることを両立させるうえで比較的困難な環境に置かれているにもかかわらず、そうなのだ(Esping-Andersen 2007)。例をあげると、42%のスペイン女性が「仕事をすることは、人生で最も重要なことである」と回答しており、全女性の3分の2は、「子どもをもっても仕事をやめない」と答えている(Fernández Cordȯn and Sgritta 2000)。いっぽうドイツやオランダでパートタイム雇用が圧倒的に多いのは、女性たちが本格的な革命の道に乗り出すことをためらっているためだろうが、これらの国々でも、スペインにかなり似た(そして急速な)追い上げがはっきり見られる。

 いずれにせよ、厳密に吟味するべきは、女性の新しい経済的な地位が、真に新しい行動論理を伴っているかどうかである。女性はライフコースにおける選択を、伝統的に、経済的依存と厳しい社会的制約という文脈のなかでおこなってきた。たとえば、結婚退職制度は珍しいことではなかった。多くの著作で議論されてきたように、女性の役割はまさに、彼女たちがいっそうの自律と平等を追求することが原動力となって変化してきたのだ(Fuchs-1988; Sorensen and McLanahan-1987; Goldin 1990; Hakim 1996)。女性の経済的な自律は、ほぼ当然のことながら、女性の雇用の密度、すなわち労働時間(パートタイムでなくフルタイム)やライフコースのなかでの就労期間が増すにつれて、向上するはずである。伝統的には妻の稼得は、家族の所得にとって周辺的な貢献にすぎなかった。たとえばアメリカでは、家族の所得への貢献がゼロの妻が、1960年には61%を占めていた。しかしいまでは、共稼ぎモデルが常態となっている。スカンジナビアでは現在、妻の稼得が平均して合計所得の40-45%を占める。アメリカで妻の貢献度が低く(32%)、ドイツやオランダ・イタリアではさらに低い(およそ25%)のは、アメリカやこれらの国々では、女性の雇用率がやや低いこと、とりわけ、教育年数が短い女性の雇用率が低いことによるものである。

 「革命」の優れた指標とは、女性がどのように自分自身の雇用について決断を下しているかを示すものであろう。伝統的には妻が働くのは、基本的に第2の稼得者としてであった。彼女らの就業は、夫の稼得の補助であり、ハキーム(Hakim 1996)の言い方に従えば、「小銭」を稼ぐためだった。つまり女性の選択は、彼女らのパートナーの稼得によって大きく左右されていたのである。ところが最近のアメリカの研究が示すところでは、こうした筋立ては急速に見えなくなっている。少なくとも学歴の高い女性は、いまやほとんどすべて、自身の選好と機会の見通しだけで労働供給を判断している。しかし、教育年数が短い女性はまだ、自分を二次的な労働者とみなしがちである(Pencave 1998a; Blau et al. 2006; Blau and Kahn 2007; Lundberg and Pollak 2007)最近の研究は、とくに若い女性のあいだで、二次的労働者という立場で労働市場に参加するケースが少なくなっていることを示し、この変化が突然であることを強調している(Kim and Rodriguez-Pueblita 2005)。

 女性が仕事と生活にかんする選択をおこなうにあたって、妊娠・出産は、それで雇用を中断すると稼得を失う(機会費用)ために重大な問題となっている。この点でもまた、実証の結果は、現状が過去と鋭く断絶していることを示している。全般的に女性たちは、そして高学歴女性はとくに、出産によって就業を中断することが少なくなり、中断期間も非常に短くなった。この点は、イギリスにおける第1子出産後の就業中断について、コーホートに特有の傾向を整理したデクスほか(Dex et al. 2008)によって、よく浮き彫りにされている。第二次世界大戦前に生まれた女性は、典型的に、10-12年中断していた。1940年代に生まれた女性の中断期間は短くなり、6年であった。そしてその後突然に、中断期間はおよそ1年にまで縮んだ。とはいえ、教育歴による格差は顕著である。高学歴の女性は、いまや非常に早く仕事に復帰するのにたいして、スキルが低い女性は、中央値でおよそ4年間中断する。確かに、こうしたイギリスの例は、世界全般の典型ではない。いっぽうでいくつかの国々——とりわけドイツー—では、大多数の女性の出産に関連した中断は、いまだに非常に長い(Waldfogel et al. 1999。だがこれにつけくわえるべきは、ドイツではキャリア女性のうち、子どもをもたない女性の比率が並外れて高いことであろう。北欧諸国とくにデンマークは、また別のパターンを示す。そのパターンでは、出産休業を終えた後にすぐ復帰することが常態である。実際、ウォルドフォーゲルほか(Waldfogel et al. 1999)が論じるように、母親は、休業の機会を十分に与えられた場合に、キャリアを再開する傾向がずっと強いのである。支給される休業が短く所得補償も薄い南欧諸国では、すぐに職場復帰するか、労働市場から完全に退出してしまうかという、本質的に二者択一のパターンが見られる。


Esping-Andersen, Gøsta, 2009, The Incomplete Revolution: Adapting to Women’s New Roles, Cambridge: Polity.(大沢真理ほか訳,2022,『平等と効率の福祉革命――新しい女性の役割』岩波書店.)pp.28-36