ライフコースの個人化と後期近代(妹尾 2023: 12-4)

 「過剰なまでに自らの選択を問われる/語る」

 このような現象を社会学的に取り扱った議論に後期近代論がある。後期近代論はA・ギデンズ・・ベック・Z・バウマンなどさまざまな論者が議論を展開している(Giddens 1997=[2005]2021, Beck 1986=1998, Bauman 2007=2008)。

 後期近代論において人生を自ら選択していかねばならない状況はライフコースの個人化として論じられてきた(田中2013a: xiv)。ライフコースの個人化とは人生が「自己内省的に」なっており、自分自身で人生を形成していかねばならないものへと変換されている状況のことを指す(Beck 1986=1998: 266-267)。

 学術的な議論においてライフコースの個人化が論じられるようになり、2000年代以降日本の文脈でそれを捉えようとする研究も出てきた(安藤 2008, 嶋崎 2013)。日本では高度経済成長期にライフコースが制度化;され、一定程度の人びとがそのライフコースを歩むといった標準化が浸透する(嶋崎 2013: 17)。そして現在上記に示されるような個人化が進展している(嶋崎 2013: 17)。高度経済成長期に制度化・標準化したライフコースとは、男性は学卒後すぐに企業のサラリーマンとして入職し働き続け、女性は短期間の勤めを経た後専業主婦になるといった「戦後日本型ライフコース」のことである。人びとの人生が家族との関係をぬきに論じられないことから、ライフコース論は家族社会学を中心に展開されてきたものの「個人自身が生活世界における社会的なものの再生産の単位」(Beck1986″998-258)となる状況のなかで家族との関連だけでは十分に議論できないものとなってきた。

 ライフコースが個人化した社会において、労働の入口となる就職はこれまで以上に重要なライフイベントの一つとなる。小笠原祐子(2014)は就職における自己アピールもライフコースの個人化に係る一つの現象だと指摘する。就職における自己への振り返りを後期近代の問題として検討した主要なものとして牧野智和(2012)の研究が挙げられる。この研究(牧野 2012)は自分自身の選択が迫られる社会における「自らの選択を自ら為す」技法の解明に取り組んでいる。就職活動のための自己分析マニュアルは「本当の自分」を析出し、「やりたいこと」の導出と内定への獲得に向けて大学生を駆り立てる(牧野2012: 128-130)。こうした技法は再帰性の打ち止まり地点を示しつつ(就職でいえば内定の獲得)、その上で自己の再帰的プロジェクト(すなわち、本当の自分を探すような営み)を促すものとなっている(牧野2012: 251)。

 しかし、この説明では就職-採用活動のなかでこうした営みが行われている理由を十分には明らかにできていないことに気づく。牧野(2012)はマニュアルに示された選択の技法について詳細を検討しているものの、技法が自己の再帰的プロジェクトを加速させることを説明するがために、就職活動というライフイベントのもとで再帰性が促されるその理由を自己分析マニュアルのみに帰すものとしてしまった。だが、マニュアルが市場に流通し、25年近くもそれが重要となっているとするならば、この営みは就職—採用活動のなかに埋め込まれているといってよい。実際、自己分析を積極的にやっていなかったとしても、大学生は大学や説明会などで自己分析の必要性を説かれる。また、多くの企業と関わるプロセスで「やりたいこと」を問われ、自ら何かを選び取り、それを語るようになっていくようにみえる。とするならば、やはり彼ら彼女らの営みそれ自体と社会構造、とりわけ労働市場との関連を問う必要がある。


妹尾麻美,2023,『就活の社会学――大学生と「やりたいこと」』晃洋書房.pp.12-4