ルーマンの社会システム理論では、社会を、コミュニケーションがコミュニケーションを連鎖的に引き起こすことで成り立つシステムであると捉える。ルーマンは、このような捉え方によって、「社会的な秩序はいかにして可能か」ということを考えた。個々人は別々の意識をもち、自由に振る舞っているにもかかわらず、社会は現に成り立っている。この不思議に取り組むのが、社会システム理論だということができる。

 ルーマンは、社会の構成要素は「コミュニケーション」であると捉えた。コミュニケーションというのは基本的に一瞬で終わってしまう「出来事」であるから、社会が成り立つためには、コミュニケーションが絶えず生み出されなければならない。コミュニケーションが次のコミュニケーションを生成していく。社会は止まることなく、絶えず生成過程にあると言える。ルーマンの社会システム理論では、このようなダイナミックな捉え方で社会をみるのである。

 コミュニケーションがコミュニケーションを生むシステムとはどのようなものか、経済を例に説明しよう。経済におけるコミュニケーションは、「支払い」である。支払いというコミュニケーションが連鎖することによって経済システムが回っていく。支払いは、一瞬で終わってしまう出来事なので、経済システムが存在し続けるためには、支払いは絶えず行われていなければならない。もし誰も支払いをしなくなったとすれば、支払いのコミュニケーションの連鎖は立ち消え、経済システムは破綻したということになる。現在の私たちの社会では、そのような事態はいまのところ生じていないので、どこかで誰かが支払いを行い、経済システムが動いていることになる。

 それではなぜ、経済のコミュニケーションは連鎖を続けることができるのだろうか。よくよく考えてみると、見知らぬ人との交換や取引というのは、本来生じにくいことである。それが継続的に次々と生じるというのは、ある意味奇跡だと言える。それがうまくいくには、なにか秘密があるはずだ。ルーマンは、コミュニケーションの連鎖が成功するという背後には、「ありそうにないこと」を「ありうること」に変える「コミュニケーション・メティア」の存在があると考えた。

 このように、ルーマンは、本来は生じにくいコミュニケーションが継続的に生じ、動的な安定性を獲得するのはいかにして可能なのか、「ありそうにないこと」が可能となるのはいかにしてなのか、それを問うたのである。いま現存するものを当たり前と捉えず、絶えず生成されているという観点で物事を捉えていく。

 いま経済を例にとったが、近代社会では、多くの領域でコミュニケーションの連鎖によるシステムが形成されている。ルーマンによれば、経済、法、科学、政治、宗教、芸術、教育、マスメディアなどは、それぞれ独自の論理で自律的に動くシステムである。それぞれのシステムは、社会における特定の機能を担っている。科学システムは新しい知識を生産するという機能を担い、政治システムは集合的な決定を行うという機能を担う、というように。それらのシステムは固有の機能をもつので、「機能システム」と呼ばれる。近代社会は、複数の機能システムが並列的に存在し、それらが自律しながらも相互に依存し合っている社会なのである。

 それぞれの機能システムは、近代化の過程においてシステムとして形成され、自らの存在を確立してきた。それが可能だったのは、各機能システムは、それぞれのシンプルで強力な「コード」によってコミュニケーションの連鎖が組織化されてきたからだと、ルーマンは考えた。そのコードは、所有/非所有、合法/不法、真/偽というように、相反する二つの値に区別されるというコードである。そのシンプルさゆえに、多様な状況に対応しながら、コミュニケーションの連鎖を推進することができたと考えられる。近代化の歴史とは、各機能システムが自らのコードを発展させ、システムとしての頑健性を獲得していく歴史だということができる。

 経済、法、科学、政治、宗教、芸術、教育、マスメディアなどの各機能システムは、それを統合する上位の存在(神や道徳などの審級)なしに、それぞれが自律的に動く。各システムはお互いの存在を前提として動き、お互いに間接的に影響を及ぼし合っているが、それは統合・融合することはなく、あくまでも別々のシステムとして動き続ける。そのため、あるシステムの干渉・影響が他のシステムにおいてどのような帰結を生むのかは、予測不可能である。このような機能システムの水平的な関係性と相互依存関係が、現代社会の姿なのである。

 このように、ルーマンは、社会科学の個別分野(ディシプリン)で別々に研究されてきた現象を、ひとつの理論的フレームワークのなかで捉え直そうとする。これには3つの利点がある。第1に、社会の全体像を捉えることができるようになるということである。第2に同じフレームワークで捉えているため、各機能システムの共通点が明らかになるということである。第3に、各機能システムに固有の特徴が明らかになるということである。すべてのシステムを同じフレームワークで捉えることでそれぞれの差異が際立ち、個々の特徴を理解することができるようになる。


井庭崇,2011,「社会をシステムとして捉える――社会システム理論入門」井庭崇編『社会システム理論——不透明な社会を捉える知の技法』慶應義塾大学出版会,1-36.pp.4-7