では、第一節の暫定的例証によって突き止められた——「プロテスタント」を内面から駆って、経済活動熱を高め、学歴や職歴の合理的選択を促し、(おそらくは職場においても)精励刻苦させ、結果として「近代市民層」への帰属にいたらしめている(と第一節のデータからは推定された)——「実践的/心理的起動力」とは、いったいなにか。そのようにしていわば「外堀を埋めた」うえで、「本丸を攻めよう」とすると、それはいったい、どんな正体を現わしてくるのか。それを、「資本主義の精神」と命名するとすれば、その特性をもう少し正確に捉えて、概念的に定義すると、どうなるか。それには、どういう方法手順を踏めばよいのか。また、(そうして暫定的な定義はえられたとして、それと宗教性との関連を問い、特定宗派のプロテスタンティズムにおける信仰内容との間に、どのような「意味(因果)連関」があるか、を探究するまえに)それ(自体)が、近代の経済生活/経済発展にいかに関与したのかを、それ以前の歴史的背景(「資本主義の精神」の機能的等価態としての「伝統主義」)に遡り、それと対比して浮き彫りにしておくとすれば、どういうことになるか。こうした一連の問いに答えることが、つぎの第2節「資本主義の『精神』」のテーマであり、その主要内容をなしている。
ところがここで、つぎのような疑問が浮かぶであろう。「倫理」論文は、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」と題され、表題では「プロテスタンティズムの倫理」が先で、「資本主義の精神」は後に記されている。とすれば、研究と叙述も、前者から始め、歴史的順序を追って後者に下ってくるほうが、「ものごとの理」にも、歴史書の常識にも、適っているのではないか。それなのに、ヴェーバーはなぜ、順序を逆にして、「資本主義の精神」から始めているのか。これは、問われるべくして問われてこなかった(と思われる)適切な質問であろう。では、ヴェーバーは、この問いにどう答えるか。
第2節で「資本主義の精神」と命名される「実践的/心理的起動力」は、第一節の、もっぱら例証に頼る「まったく暫定的な意味をもつにすぎない論述」では、「プロテスタンティズム」の恒久的信仰内容から派生する——そこから、なんらかの内面的動機連鎖を伝って、その最終環として現われる——らしい、と推定された。ところが、そうした推定だけでは、もとより歴史的真理とはいえない。なるほど、いくつかの例証からは、当の「動機連鎖」が歴史的にはたらいたのではないか、といちおう無理なく考えることができた。しかも、その考えには、過去の炯眼な観察者からの証言もえられたし、先行研究もある。そこで、その着想を、仮説として採用し、経験科学一般の方法手続きにしたがい、いっそう広汎かつ細密な歴史的データに照らして検証していけば、歴史的真理として立証し、樹立することも、あるいはできるかもしれない。第一節の例証と歴史的証言からは、そうした研究に、少なくともここで本腰を入れて取り組むだけの価値がありそうだ。との保証はえられたことになろう。とすれば、当の推定をそうした歴史的——というよりも歴史科学的——真理として立証することこそ、第2節以下の内容をなしているといえる。しかし、そうだとしても、なぜそのさい、第2節「資本主義の精神」が先で、「プロテスタンティズムの倫理」との関係を問う内容が、第3節「ルターの職業観」以下というふうに、後につづくことになるのか。
では、歴史科学として、当の推定による「動機連鎖」、すなわち「プロテスタンティズム」の信仰内容と、問題の「実践的/心理的起動力」との関連を、「明証的に理解」され、かっ「経験的にも妥当な」「意味(因果)連関」として立証するとは、どういうことか、どういう手順を踏めばよいのか。それには、(第一節では例証にもとづく大まかな推論によって想定された)右記の「動機連鎖」を、いったん仮説に戻し、経験科学としての方法手順にしたがって、歴史的事実(データ)による検証に委ねなければならない。そのばあいには、当の「実践的/心理的起動力」(「資本主義の『精神』」と命名)も、ア・プリオリ(先験的)に「プロテスタンティズムに発する動機連鎖の最終環」と決めてかかるわけにはいかない。むしろ、「プロテスタンティズム」からの由来そのものが改めて問われ、説明されるべき「被説明項」(「X1—X2—X3—X4—X5……—Y」といった多項目連関の最後尾Y項)として、「プロテスタンティズム」との関連もいったん白紙に戻して、新たに措定され、(「歴史的個性体」として)概念構成されなければならない。そのうえで、そうした「被説明項」としての「資本主義の精神」(Y)から出発して、因果遡行を開始し、一口に「プロテスタンティズム」といっても、さまざまな宗派の、さまざまな信仰内容のうち、どれに、どのように「意味(因果)帰属」できるか、一歩一歩探究し、「解明」していかなければならない。そのようにして、ひとまず因果遡行が完了し、「意味(因果)帰属」が達成されてから、遡行限界点としての特定のプロテスタンティズム信仰要因(X1)と、出発点としての当の「実践的/心理的起動力」(「資本主義の『精神』」Y)とが、歴史的な起点と、歴史的な到達点とに、置き換えられ、当の「意味(因果)連関」(X1→……→Y)が、歴史の理念型的経過として捉え返されよう。そうしておけば、個々の事例はそれぞれ、「意味(因果)連関」項目中のひとつにもっとも接近するとしても、当然(現実の多様性からして)、前後に分散し(バラつき)、前後の夾雑物も含み込むものとして、当の理念型的(経過)スケールに当てて(偏倚、遠近を)測定され、位置づけられることになろう。そうすることによって初めて、「歴史叙述」は、歴史的な素材をただ直観的に「先にあるものが原因で後につづくものが結果」といわんばかりに——因果仮説に引き戻しての経験科学的検証抜きに——並べ立て、(せいぜい「因果関係」をもっともらしく見せる文学的表現力を競うだけの)大方の常識的/前科学的な年代記的歴史記述ないし歴史小説の水準を越えて、歴史科学に脱皮し、打ち固められるのである。
そういうわけで、「近代市民層への帰属にいたるプロテスタントの経済志操」という被説明項を、いったん「プロテスタントの」という限定を外し、白紙に戻して、「資本主義の『精神』」と命名し、概念的に(「歴史的個性体」概念を構成して)把握する課題が、先にきてうぎの第2節「資本主義の『精神』」の内容をなすことになる。そこで、当の「資本主義の『精神』」の暫定的例示に、そのかぎりでフランクリンの「二文書抜粋」が用いられ、そこから独特の「職業(義務)観」が取り出されて、これが第3節で「ルターの職業観」には「意味(因果)帰属」される「べくして、されない」ことが立証される。それゆえ、その「職業(義務)観」の遡行/帰属先が、さらに探索され、代わって本論で、(カルヴィニズムをもっとも首尾一貫した代表例とする、いわば「本命」としての)「禁欲的プロテスタンティズム」に、「意味(因果)帰属」されるのである。
たとえば(代表例としての)「カルヴィニスト」のばあい、(ここ「倫理」論文では)歴史的与件として(故意にカルヴァンの『キリスト教綱要』ではなく、平信徒代表による『ウエストミンスター信仰告白』を素材として)措定され、理念型構成される教理「(二重)予定説」X1から、「はたしてこの自分は『選ばれ』ているのか、それとも『捨てられ』ているのか」といった(信徒個々人の全実存を覆う)深刻な不安X2が生まれ、この不安から逃れるために、牧会の勧告にしたがい、(ルター派のように、「神の容器 Gefäß」として「自己目的(自己充足)的 consummatory」な「神秘的合一 unio mystica」に到達しようとするのではなく、むしろ)「神の道具 Werkzeug」として文字通り「道具的 instrumental」に職業労働に専念X3し、時々刻々「永遠の生死」をかけた自己審査/自己制御(禁欲)X4にもとづき、生涯「(選ばれた)恩恵の地位」を堅持X5しようとする、そうした「動機連鎖」が形成される。こうした(宗教的・禁欲的な)「生き方の合理化」から、まずは、世俗内で「救済」を追求する——この方向への「軌道転轍」を達成したのは、ルターの歴史的「文化意義」であったが——信徒個々人の経済活動にも「禁欲的合理主義」がもちこまれ、「最大限の消費圧殺と(そうして節約されたかぎりにおける利潤の)次期運転資本への充用」をとおして、それだけ資本蓄積が促進される。そのようにして、当初にはひたすら「(宗教的)救済」を求め——与件としての「(二重)予定説」のもとでは無制約的につのらざるをえない「(救われるか否かの宗教的)不安」から、なんとかして逃れ、「この自分は神の道具である」と確信できる「安心立命」の境地(「救いの確かさ certitudo salutis」)に到達しようと、「職業労働」に専念して「世俗内(宗教的)禁欲」を強め——、まさにそうするがゆえに、財産がたえず資本に転じられて運用/蓄積され、「意図せざる結果」として「富が増大」するであろう。
そうすると、一方では、この「結果の反作用」として、「富の世俗化作用」が生じ、富の増大とともにこの反作用も強まり、「富への安住」もつのり、翻ってそれだけ「(宗教的)不安」も、この「(宗教的)不安」ゆえの「(宗教的)禁欲」も、(「富への安住」という一種の「呪物崇拝」「偶像崇拝」ゆえに)それだけ弱まらざるをえない。他方では、当初にはそうした「(宗教的)禁欲」にもとづく「(経済上も)合理的」な「経営Betrieb」による(したがって当初には信徒の経営者にかぎられる)めざましい資本蓄積が、(かならずしも信徒とはかぎらない、たとえばベンジャミン・フランクリンのように、カルヴィニストの息子で、カルヴィニズムの「予定説」は信じないが、非宗派的キリスト教/宗教一般は信ずるといった周辺分子を含む)市場利害関係者の間で注目を集め、「それはなにゆえか」が当初には直観的に感得され、やがては(ペティらにおけるように)ある程度知性的に認識されると、いまや「禁欲的プロテスタンティズム」の信徒ではない、したがって「(宗教的)不安」も「(宗教的)禁欲」ももちあわせてはいない市場利害関係者も、市場における淘汰に耐えて生き抜くには、(宗教的/内発的にではなくとも)「市場競争から派生する外的強制」には服して、一定程度「(宗教的)禁欲」者に倣い、あるいはその「(経済上も合理的な)生き方」だけは意図して「目的合理的」に採用して、自分もつとめて「(経済上)合理的」に行為し、これを反復するかぎりで相応に「生き方の(経済的)合理化」を被らざるをえないであろう。こうした事態が出現し、市場の拡大に応じて広まりもしょう。このようにして、一方では「禁欲的フロテスタンティズム」の宗教的動因は減衰し、まさに「思想的(また志操上の)残存物」として、ただし、厳格な「自己審査/自己制御」としての「禁欲」形式/外形は温存し、他方では「市場における競争」への「(経済上)合理的」な適応の所産として一定程度「功利主義」的な「合理性」も帯び始める、そうした独特の意味/思想形象が、歴史的/過渡期的に生成されてこよう。それこそ、「資本主義の精神」Yにほかならない。