ネルス・アンダーソン(Nels Anderson, 1889〜1986)の『ホーボー』はこうした作品のうちもっとも早く刊行されたものです。「ホーボー(hobo)」とは労働しながら放浪するホームレスの人々のことで、シカゴでは西マデイソン街を中心に彼らが集まる「ホボへミア」が広がっていました。アンダーソンは12カ月間ホボヘミアに住み、60以上のライフヒストリーを収集するなどの調査を進めました。
このとき、パークのいま述べた「新聞記者のように……」(注・「新聞記者のように、君が見、聞き、そして知ったことだけを書きとめよ!」)というアドバイスがなされました。じつは、アンダーソン自身がホボへミアの出身で放浪暮らしをしていた「ホーボー」でした。子ども時代はシカゴで新聞売りをし、10代半ばからは農場で働いたり物乞いをしたりする放浪生活を送り、ユタ州でモルモン教徒の家族に拾われて高校に進学し、26歳でシカゴの大学院に入学します。大学院にはミドルクラス出身者が多く、彼はテーマや研究方法に悩み続けました。これをパークが先の言葉で後押しし、ホーボー当事者が当事者を現場で長期間生活しながら観察する「参与観察」の手法によるこの研究が実施されることになったのです。
この研究は、当事者だからとらえうる「人間的自然」を描いたものといえるでしょう。前半で彼らの生活が描かれますが、ただ生活が解体しているという描写ではなく、その日その日をどう「切り抜け(getting by)」ているかが注目されます。後半では「ホーボー問題」と題して保健衛生、性生活、政治行動などが記されたあと、ホボヘミアの有名人(宗教者、「富豪」、演説家のホーボーたち)、ホーボーの知的生活(読書、物書き、『ホーボー新聞』の発行)、ホーボーソングとバラード・路上演説などが描かれます。彼らは「文化」をつくっている存在なのです。ホーボー詩についてアンダーソンは「詩をとおして彼らは、自らの経験に意味を与え、自らの経験を統合的に理解させてくれる文化や伝統を作り出す」といいます。ここにはただ客観的な貧困があるのではなく、主観的な「状況の定義」があります。詩は「一定の団結心や団結的な態度を呼び覚まし」、「自らの記憶と自らの希望」を伝え合います。残念ながら「ホーボー組織」をつくる試みは、まだ成功したことがないのですが。
こうしてアンダーソンの参与観察はホーボーの「民衆の思想」を抽出します。彼らは「モザイク」の一片ではなく、状況を定義し、知的生活を営み、団結を試みる主体として描かれるのです。
奥村隆,2014,『社会学の歴史 1 社会という謎の系譜』有斐閣.pp.176-7