アンダーソン『ホーボー』(園部 2001)

 アンダーソンの『ホボ』は、シカゴのウェスト・マディソン街を中心とするホームレスの集中する地区(ホボヘミア)を研究対象地としたホボ(無宿者)の生活の観察記録である(Anderson 1923=1999)。自らがホボの家庭に生まれ育った個人的体験を生かしつつ、その分析は、ホボヘミアにおけるホボの生活の実態、ホボの類型と特徴、健康や性生活などのかれらの抱える諸問題、さまざまなホボ救済組織とその活動、そしてそれらの知見、をもとに対策への示唆に及ぶ。この研究をまとめるのに際して、アンダーソンがホボへミアの中心近くに、部屋を借り、のちにいわゆる参与観察とよばれる方法を駆使したことは広く知られるところである。その結果、鈴木栄太郎の表現を借りれば、正常人口の正常生活に対する異常人口の異常生活を(鈴木栄太郎 1957)、ある種の共感を抱きつつ、臨場感あふれる語り口で描き出すことに成功している。この意味でこの作品は何よりも、近代産業の生み出した都市下層生活者層の下位文化の理解を可能にするモノグラフとしての意義をもっている。

 しかしアンダーソン自身は、この作品を単なる都市下位文化のモノグラフに終らせることなく、そこから一歩ふみでようとしていたことも推察できる。それは自らの観察結果から、ホボの生まれる原因として、近代産業が生み出す失業者と季節労働者、障害者や職業訓練の欠如などに見られる産業不適格者、意志薄弱や自己中心といったパーソナリティの欠陥、家族とのいさかいや素行不良などによる個人生活の危機、雇用機会などにおける人種、民族的差別、新しいものを求める放浪癖、といったさまざまな社会的および個人的背景へ分析を進めていること、さらに、この研究の知見から最終的にいえることは、問題の基本的な解決はローカルなものではなく、国家的なものであること。また。ホボの問題が、失業、季節労働、および労働の配置転換という、より大きな産業の問題の一側面であることを強調していることからも読み取ることができる(Anderson 1923=1999; 秋元 1989)。


園部雅久,2001,『現代大都市社会論——分極化する都市?』東信堂.pp.9-10