『ゴールドコーストとスラム』で用いられた調査法(中野 1997)

 例えば、シカゴ社会学の〈黄金時代〉のモノグラフをもっともよく代表するものとしてよく紹介されるものにゾーボーの『ゴールドコーストとスラム』があげられる。この作品は後で見られるように、シカゴのニア・ノースサイドとして知られるミシガン湖畔沿いの上流階級の住むゴールドコーストとこの地区と相接するスラム街の2つの対照的な地域の生活を描いたものである。この『ゴールドコーストとスラム』もまた「都市コミュニティ研究のシカゴ学派を特徴づける参与観察によるフィールドリサーチのモデルもしくは典型例」だといわれている。ところが、実際は、ゾーボーはシカゴのこうした相異なった社会的世界を描写する際に、他のモノグラフと同様に、実に多くのさまざまなデータを利用している。これらのデータとしては、住民によって提供されたドキュメントや学校の生徒によって書かれた多数の作文、イリノイ下宿屋登録簿(Imnois Lodging House Register)や青少年保護協会(Juvenile Profecfive Association)、慈善協会(uni-ed charity)といった社会機関の記録やケース・ヒストリーなどがあげられる。

 また、「純真な田舎育ちの娘が、シカゴに出てきて身を持ち崩し愛人生活をするまでに転落した」ふしだらな娘(charity girl)の生活史や「酔漢が酒代や賭事の資金を得ようと、またブリッジの負けを払うためにやってくる」質屋の生活史が紹介されている。

 また、インタビューによるデータとしては、この地域をよく知っている古くからの住人や有力者とのインフォーマル・インタビューによるものだけでなく、資料1で見られるような調査票を用いたフォーマル・インタビューも行なわれている。この調査は、簡易宿泊所(rooming house)に住む人達の家賃、収入、家族構成を調べるために行なわれたものであり、それは戸別訪問調査(house, o’house survey)によってデータが収集された。このようにして収集されたドキュメントは、1から73までの数字がふられて引用されている。だが、それらの出所が明示されていないので、データとしての信憑性がいまひとつ定かでない、という問題がある。とはいえ、こうしてみて明らかなように、ゾーボーの調査は、そこで関係のあるデータはすべて収集し、利用しようとする姿勢がよく表われている。この点で、『ゴールドコーストとスラム』は、まさに広範なデータを多角的方法によって収集しようとする初期シカゴ社会学のモノグラフの典型例だということがよくわかる。


中野正大,1997,「社会調査からみた初期シカゴ学派」宝月誠・中野正大編 『シカゴ社会学の研究 初期モノグラフを読む』恒星社厚生閣,3-37.