山下晋司,2005,「人類学をシステムアップする――現代世界との関わりの中で」山下晋司・福島真人編『現代人類学のプラクシス――科学技術時代をみる視座』有斐閣,1-11.p4-5
人間とその社会を観察するときのこの全体的志向(holistic approach)は、人類学の大きな特徴で、そこが政治学、法学、経済学、経営学などの個別社会科学と違うところなのだ。フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースは人類学は研究テーマによって定義されるのではなく、人間へのこの独特なアプローチ法によって定義されると述べた(レヴィ=ストロース1972:384-85)。その意味では、人類学においては、研究テーマは、政治でも、経済でも、社会でも、文化でも、何でもよいことになる。今日では人類学を未開社会の研究、異文化の研究と定義することはもはやできないが、人間の全体像、あるいは「全体的人間」に迫ろうとする人類学の試み(レヴィ=ストロース1972:398;モース1976:34-37)は決して終わっていないし、様々な制度が絡み合い複雑化する現代世界にあってむしろますます重要になりつつある。
社会科学の中で社会学と人類学の区別は今日必ずしも明瞭ではない。伝統社会を扱うのが人類学、近代社会を取り上げるのが社会学といった分業はもはや意味をなさないし、テーマによっては、社会学的研究と人類学的研究を区別することは事実上不可能なこともある。デュルケームやモースは社会学者と分類されることもあるし、イギリスで発達した社会人類学は比較社会学を名乗ったこともある。アフリカや太平洋などでは(植民地主義のにおいのする)人類学よりも社会学という名称のほうが好まれる傾向がある。国や大学によっては人類学と社会学が同じ学科を構成しているところも少なくない。そのような意味においては、人類学と社会学を区別することにそれほど大きな意味はない。にもかかわらず、(特に日本では)社会学と人類学の研究者はあまり交流がなく、系統の異なった研究者集団だと考えられ、学会も別々である。だが、こうした区別に固執することは必ずしも生産的だとはいえず、本書においては、両者の区別にはあまりこだわらない。