江原由美子,2021,『ジェンダー秩序 新装版』勁草書房.
専攻分野の男女の相違は、得意科目の相違に基づいているのだろうか。図表13は、高校生の教科観を示している。ここからは、男女の専門分野の選択の背後に、ある程度男女の得意科目の相違があるという推測が可能になる。得意科目ではなく好きな科目/嫌いな科目でみても、同様のパターンを見出しうる。こうした得意科目/苦手科目の男女による相違は、専攻分野を選択した男女を対象とした調査においては、それほど明確には見出せない(村松泰子編 1996: 86)。これらのことから男女ともある程度自分の得意科目に基づいて専攻を選択していることが推測できる。
けれどもこうした男女の得意科目そのものが、一定のステレオタイプが形成されている結果であるということを示すデータもある。数学・科学技術に関する性差意識の国際比較調査では、日本の高校生は、「男性は女性よりも科学者や技術者に向いている」「男子は女子よりも生まれつき数学的能力を持っている」「男子は女子よりも数学を知っている必要がある」などを肯定する者の比率が、他の諸国よりもかなり高い(村松泰子編 1996: 63-64)。すなわち、日本の高校生は他の諸国よりも、男女の数学的能力の相違や科学的技術的能力の相違についてのステレオタイプ化されたイメージをより強く持っていると言うことができる。また共学校に学ぶ女性は、女子校の女性よりも、数学が不得意という意識をより多く持つという調査結果もある(村松泰子編〔1996: 93〕)。共学に学ぶ女性は、教師などが強くステレオタイプ化された得意科目の性差についてのイメージを持っている結果、自分自身でもそう思い込みやすい可能性があるのかもしれない。
性別による専攻分野の偏りには、「異性愛」パターンも影響している。都立大学におけるキャンパス・セクシュアルハラスメントの調査によれば、理系においては文系においてよりも、セクシュアル・ハラスメントの経験を持つ女性の比率が高い。性別の偏りが、女性の存在を「特殊視」させ、セクシュアル・ハラスメントをより多く生じさせている可能性がある(東京都立大学セクシュアル・ハラスメント調査委員会 1998)。理系においては実験その他で大学で過ごす時間が文系よりも長く、しばしば夜間に及ぶ。こうしたことが、女性の理系選択を躊躇させている可能性がある。女子大を選択した理由に関する調査を見ると、「同性だけだから」「風紀がよいから」などの理由がそれぞれ2割を超えている。すなわち女子大選択は、単に専攻分野だけではなく、「風紀」や「安全性」に関する配慮からもある程度なされるのである。また、女子大で理系の専攻分野がある大学の比率は非常に低く、こうしたことも、専攻分野の偏りに影響を与えている可能性がある。
これらのことから、進学率の性差と性別による専攻分野の偏りが、「ジェンダー秩序」に基づいていると考えられることを示した。確かに、性別による専攻分野の偏りは、男女の得意科目の相違に、ある程度基づいていると考えられる。しかし、得意科目の性差それ自体、ジェンダーによって生み出されている可能性も否定できない。また女性が少ない分野においては女性比率の少なさそれ自体が、女性にその分野を専攻することを躊躇させている可能性もある。